兎と豹の契り2
「逃げる……だと?俺が一体何から逃げてるってんだ?」
アルの言葉に、ノエルはまるで意味が分からないと言った様子で問い返していた。
この俺が……逃げる?何をふざけたことを抜かすんだこの兎は。
そんなノエルの反応も分かっていたアルは別に動揺することもなくずっと感じていた疑念をぶつけた。
「あなたの仲間からですわ。それほど強くて、自信に溢れたようなことを言うのに、どうしてあなたは仲間と向き合うことから逃げておりますの?」
「逃げてねぇよ!半端兎が!」
ノエルは食ってかかるようにアルに叫んだ。
アルが感じていた違和感。
これ程強くて、自信に満ちたことを語るノエル。そのはずなのに、何故か彼は1人でいようとしたがる。
1人でずっと生きてこれた彼はいつもみんなの輪から離れた所にいる。
この人気のない港も、さっきの作戦会議も。
あの寂しい背中が……こんなに強いはずのノエルが、何故かとても弱々しく見えていたのだ。
「本当に強いと言い張るのなら、ちゃんとアンダー・リグルのみなさんと向き合って見せてくださいですわ。今のあなたは……」
「うるせぇ!それ以上言ってみろ!その口引き裂くぞ!」
今にも飛びかかってきそうな程の圧を飛ばしながらノエルは威嚇する。
「それほど怒るというのは、それが図星だからではありませんの?」
でも、アルは恐れなかった。
決して引かなかった。
「本当は……怖いんじゃありませんの?あなたを捨てた両親のように、彼らがあなたから離れていくんじゃないかって。仲を深めたその時、彼らがあなたから離れて行くことが怖いから……」
「違う……あんな親のことなんざ俺はもう何も思っちゃいねぇ!群れるなんざ雑魚のすることだ!弱い奴は群れることしかできねぇ!俺は違う!誰に頼らなくても生きていける!その強さを手に入れた!!俺がここに残ったのはもっと強くなるためだ!!」
切迫したようにノエルは叫ぶ。
彼の痛烈な声が、真っ暗な地底湖に鳴り響いた。
「俺をこの世で唯一負かしたのはフィンだけだ!だから俺はここにいる!あいつが言ったんだ!『本当の強さを知りたいのならオイラと一緒に来い』ってな!俺がここにいるのはそれだけだ!!」
「本当の強さ?」
ノエルの言葉にアルは問い返す。
「あぁ……そうだ!俺は何をどうやったってあいつに敵わなかった。フィンに勝つために……あいつの言う強さを手に入れるためだけにここにいる」
「そういうことでしたの」
ノエルのその言葉を聞いて、アルは全てを理解した。
ノエルの本心とフィンのやりたかった事が。
そして、まだノエルはそれを理解していないのだろう。
「だったら、なおのことですわ。あなたはみなさんと……アンダー・リグルの仲間たちと向き合わなければなりません」
「んだと……!?」
「フィンの言う、本当の強さはその先にありますわ。だから……勝負しません?」
「勝負……だと?」
アルの突然の提案に、ノエルは怪訝な顔をする。
「えぇ。私は私の中に流れる人間の血……父の力。そんなものが本当にあるのかは分かりませんけれど、私にはそれに向き合う覚悟がまだありません。あなたは、アンダー・リグルの仲間たちと向き合う勇気がまだ無いわけでしょう?」
「勇気とかじゃねぇんだよ!俺は敢えてあいつらと距離をとってるだけで……」
「だから、どっちが先にそれを成せるかを競いましょう」
ノエルが何かを言う前にアルは告げる。
「先にそれを成した方が勝ち……ですわ」
「ふざけんな!そんなバカみてぇな話に誰が……」
「あら、まさか逃げるんですの?」
「〜〜〜〜っ!?!?」
くすくすとこちらを小馬鹿にするように告げるアルの姿を見て、ノエルは顔を真っ赤にして怒る。
けれど、それはアルの手のひらの上だ。
「別に、構いませんわよ?勝負から逃げたってことで私の不戦勝ということにしておきます」
正直、こんな話なんて「くだらない」、と一言言われてしまえばそれで終わりの話。
だが、そんな事はアルにだって分かっている。
「ざけやがって……!」
けれど、アルは確信していた。
「上等だよ……!やってやる、後で吠え面かくんじゃねぇぞ!!」
ノエルが、こうして勝負に乗ってくるであろうことを。




