ノーデンス偵察戦4
時間にしてみたらものの数分だったと思う。
けれど、ソウルとシェリーにとってはとても長い時間のように感じられた。
「ぐ…ぅぅぅぅ……!」
「まだ……まだぁ……!」
ミシミシと水の盾が鈍い音を上げている。
ノーデンスの水圧で2人は徐々に押し込まれていた。
唯一の救いはこの洞穴が小さいのでノーデンス本体が襲ってこないだけ。
だが、きっとこの穴の向こうで大量の魔法を放ち続けているんだろう。
決してノーデンスの水の攻撃はその勢いを緩めることなく延々とソウル達に注ぎ込まれている。
落ち着け……まだ、まだやれる。
みんなが逃げるための時間を1分でも……いや、一瞬でもいい。稼ぐんだ。
けれど、気合だけで何とかなるような状況ではない。
ビシィッ
「うぐ……!?」
ポセイディアの腕が重圧に耐え切れずにはち切れる。
同時にソウルの腕にも鈍い痛みが走った。
「……っ、ソウル気を抜いてはダメです!今コントロールが緩んだら……」
まさに、そのシェリーの言葉と同時。
ゴッ!!!
「「〜〜〜〜〜〜っ!?!?」」
まるで、ソウルがこうなることを待っていたように、ノーデンスの火力が更に上がる。
何とか保っていた均衡は綱引きのように、一度優位を取られればそう易々と取り戻せはしない。
「だ、ダメだ……!」
「引きますよ、ソウル!」
一度生まれた揺らぎから水の盾に一気に亀裂が走る。
ダメだ、もう保たない!
ソウルとシェリーは一気に身を翻すとそのまま自身の召喚獣を呼び戻して走る。
それと同時に背後から迫る超圧縮された死の水。
それは人の足なんかじゃ到底逃げ切れるような物じゃない。あっという間にソウルとシェリーに追いついてその身をさらわんとした。
「うぉ……」
背後に迫るノーデンスの魔法。少し触れたのかソウルの腕に焼けるような痛みが走る。
ダメだ……!これシナツの力でも逃げ切れね……。
ソウルの頭に死がよぎった、まさにその瞬間。
グンッ!!
「さァ、よくやっタ!後はオイラに任せロ!!」
突如、ソウルの首根っこが何かにつかまれる。
それと同時にあっちこっちに振り回される自身の身体と、縦横無尽に揺れまくる自身の視界。
「うご……!?」
何だ!?一体何が起こってる!?
「【龍電】に【疾走】のマナ。【龍翔鳳士】!!」
そして次の瞬間。
ボッ!!!
「…………………………っ!?」
「…………………………ぁっ!?」
全身に身が潰れんばかりのGが走る。
そのあまりの速さに体を動かすことすら出来なかった。
まるで身を引き裂くような速さで身体をなでる疾風と、鼓膜が破裂せんばかりの風切り音。
周りの岩壁は飛ぶように後ろに流れていき、見る見るノーデンスの光る水が遠ざかっていく。
その姿はまるで空にほとばしる稲妻のようだった。
もっとも、その渦中にいるソウルはそんなことを気にする余裕すら無いわけだが。
「よシ、出るゾ」
しばし振り回されたソウルの耳にそんな声が聞こえた気がした。
それと同時、ソウルの身体が急に抵抗を失う。
「……え」
そして、気がついたらソウルとシェリーは空中に投げ出されていた。
「う、うおぁぁあ!?」
何も身構えていなかったソウルはそんなあられもない悲鳴をあげながら地面へと落下しそうになる。
一方のシェリーはそんなソウルを空中でキャッチ。そのままお姫様抱っこの状態でスタリと地面に着地した。
「あ、ありがとう」
「いいえ」
涼しい顔でそう言って退けるシェリー。あらやだ、かっこいい。惚れる。
「しかし、これぐらいで右も左も分からなくなるとは……もう少し指導の密度を上げる必要がありそうですね」
そんな呑気なことを考えるソウルを置いてけぼりにシェリーはギラリと鈍い光を放つ瞳をこちらに向けた。
「な、なぁフィン!ここはどこなんだ!?」
シェリーの死の宣告をかき消すようにソウルは近くに立つフィンへと声をかける。
「あ、ソウル!」
すると、そんなソウルの背後からレイの声が聞こえた。
「え……みんな!?」
振り返るとそこには先に退避した仲間達の姿がある。
「安心しロ、もう大丈夫ダ」
元気な仲間とフィンの言葉に安堵しながら改めてソウルは辺りの風景を見渡す。
どうやらソウル達がノーデンスの元へと向かう際に通ったやや開けた道のようだ。
そしてソウル達は皆その道の岩の上に立っていた。
ドドドドド……
その足元では先ほどのノーデンスの水が氾濫する川の水のように激しい音を立てて流れていく。
「よくアレで酷い目に遭わされるからナ。こうして安全圏はちゃんと確保していると言うわけダ」
「準備がいいなぁ……」
腕を組んで笑うフィンにソウルはそう告げる。
まぁ、そのおかげでこうしてみんな無事に再会できたわけなんだけど。
「全く……しっかりしなさいよ。ヴルガルドと同盟を組むあんたがいなくなったら私達路頭に迷うしか無いんですけど」
するとソウルにふんっと鼻を鳴らしながらオデットが悪態をついてくる。
「わ、悪い……」
「ふん!これからはもっと気をつけること……」
「なぁ、ソウル。この女さっきまで『ソウル兄が死んじゃったらどうしよう!?』って泣きわめいて……」
「あっあっあー!!バカ!あんたちょっと黙ってなさいよ!!」
すると、何かを言おうとしたギドがオデットにビシビシと叩かれまくっていた。
何だ?何を言おうとしたんだ?
「まぁ……無事で何よりってことだよ」
そんなオデットをフォローするようにレイが告げる。
「まぁ……そうだな……」
全員の無事を確認したところでようやくソウルはほっと息をついて脱力した。
ノーデンス。こちらの予想以上に厄介そうな相手だった。
けれど、このままフィン達に出会うことなく進んでいたらアレをその場でどうこうしなきゃいけなかった。そう考えるとゾッとする。
けれど、今はこうして奴のことを知った上で対策を考えられる。
こうして無事に逃れることが出来たわけだし。
「よシ、それじゃアンダー・ロータスに戻るゾ〜」
「この洪水が収まるまではここで足止めでしょうが……ね」
1人でピョンと跳ねていってしまいそうなフィンの首根っこをつかみながら、ヴィヴィアンはいつものようにため息をつく。
こうしてノーデンスとの最初の1戦。ノーデンス偵察戦は幕を閉じた。