交渉3
「まぁでも、そのおかげであの魔獣にアンダー・リグルの者達は誰ひとりとして殺されてはおりません。それ相応に痛めつけられたものはおりますが……」
「命に別状はない」
そうか……まぁ、それはすごい良いことではあるんだろうけど、1つ引っかかる。
「確かに……アンダー・リグルの置かれた状況については理解できた。だが1つだけ解せないことがある」
すると、ソウルが何か言うより先にシェリーが口を開く。
「何故……その最後の魔獣。シュタールの出入り口を塞ぐ魔獣を討伐しない?他の魔獣は片付けたのでしょう?悔しいがそこのフィンの力は直接手合わせした私には分かる。かなりの強者だと。ならばあなたがその魔獣を倒せば良いではないですか」
そう、そうなのだ。
フィンは強い。他の魔獣を犠牲者を出さずに倒せるほどに。そうだと言うのにどうしてその最後の魔獣を倒そうとしないのか。
何か複雑な事情があるのかもしれない。
「そーなんだヨ、聞いてクレ!」
すると、フィンは待ってましたと言わんばかりにバンバンと自身の太ももを叩きながら叫ぶように告げる。
案の定、何か事情があるのか?
「勝てないんだヨ、オイラあいつ二!」
「そ、そうなのか」
とってもシンプルな理由だった。
単純に、フィンがそいつに勝てないだけ。しかしそうなるとその魔獣、フィンよりも強いと言うことになる。
「そんなに強えんだな……その魔獣って奴が」
「いんヤ。確かに強くて強大ではあるんだけどナ、それだけじゃないんダ」
しかし、フィンは首を横に振りながら続ける。
「効かないンダ、オイラの攻撃ガ!」
「……詳しくは私が説明しよう」
ヒートアップしながら叫ぶが要領を得ないフィンを横目にヴィヴィアンは冷静に語る。
「シュタールへと続く道に巣食う魔獣の名は【ノーデンス】という。上半身は巨大な人間、下半身はうねるタコのような姿をしている。……もっとも、その下半身は露呈したことはなく水面に現れるだけなのだがな」
「はい。シュタールへと続く道を通るには大きな地底湖を経由する必要があり、奴はそこを根城にしているのです」
地底湖に巣食う魔獣……。
と言うことは、そいつは【水属性】のマナを持つ魔獣ってことか?
「……ん?だったら尚更おかしいだろ」
フィンのマナは【龍電】と言っていた。その名の通り、雷の力を持ったマナ。
水の力を持つであろうそのノーデンスとやらはフィンにとって相性の良い相手のはず。
だから、フィンの攻撃が通用しないなんてことはあまり考えにくいのだ。
「そウ!おかしいだロ!?」
しかし、フィンのこの言いよう。どうやらそれは本当らしい。
「まさか……何かのカラクリでしょう。例えば攻撃が当たる直前で何かの魔法を展開しているとか……あるいは何かの【魔法道具】とか」
フィンの訴えにモニカが告げる。
「いや、悔しいがそれはない。この私も見ている。フィンの強力な一撃を無効化するノーデンスをな」
「そっかぁ……フィンの言うことならともかくヴィヴィアンが言うなら信憑性は高そうだね」
「待テ。それは一体どういう意味ダ?」
しれっとフィンに悪態をつきながらレイはうーんと唸る。
「あ……もしかして」
そんな中、ヴェンが何かに気がついたように顔を上げる。
「ん?どうした?」
「ねぇ、エリオット」
「うん。私もそう思う」
ヴェンとエリオットは2人で顔を見合わせながら頷き合う。
ちなみに、何故か2人の手を固く握りしめ合いながら。
「【逆転の理】」
ヴェンは皆の顔を見渡しながら告げる。
「【逆転の理】……?」
そういや……なんかエヴァが言ってたな。
クトゥグア戦で本来【火属性】に有利なはずの【水属性】がかき消されたと。
「私もそうだと思う」
「何なんダ?その【逆転の理】ってのハ?」
フィン達もよく知らないようで首を傾げながら問いかけてくる。
「この前シンセレスに攻め込んできたクトゥグアという炎の魔人がいたんですけど、そいつに僕の力が……いや、僕だけじゃなくて、みんなの水の力を持った攻撃が通用しなかったんです」
「そんなことあるか?他の術者ならパワー負けすることもあるかもしれんが【水聖剣】のお前がそうなるとは思えん。何か他のカラクリがあるんじゃねぇのかよ」
そういうライと、他の皆もにわかに信じ難い様子だった。
「ううん。それ本当かも」
けれど、オデットはヴェンの言葉に対して肯定の意を示した。
「魔導学校にいた時に習ったわ。極地に至った魔法はこの世の理を逆転させるって。最も、理論上って話でそれを実現できるのは人智を超えた力……即ち【聖剣】だけだって言ってたけど」
「おい、ライ。お前ちゃんと授業受けてたのかよ」
「知ったことか。俺は実技専門だ」
同じ学校に通っていたはずなのにどうしてこんな知識格差が生まれてしまったんだ。
「ホー。だったラオイラの魔法が効かなかったことも頷けるというものダ」
本来【雷属性】が得意な【水属性】。逆転の理でその相性が逆転。【水属性】ではありながらも【雷属性】を無効化する至ったと考えれば辻褄は合うか。
つまり、そのノーデンスは逆にフィンにとって苦手な相手と言うことになる。
「アンダー・リグルの中に当然戦士もいる。しかしやはり最強なのはフィンだ。その最高戦力の力が通用しないのはきつい。これまで何度か戦闘を行ってきてはいるがどれも敗走だ」
「ノーデンスは身体が大きいので狭い洞窟からここまで追ってくることはできない。奴がここを襲撃することがないことは幸いです」
「まァ、このアンダー・ロータスが浮かぶ地底湖も何処かであそこの湖と繋がってるだろうカラ、いずれ奴がここに来る可能性だって否めないんだけどナ」
ということは、攻めてこないとは言えそのノーデンスを放ったらかしにしておくわけにもいかない。
ここの安寧を守る為にも、奴を倒しておきたいのだろう。
「それで、俺たちって事か」
話がここで繋がった。
「はい。ソウルさんはあのノーデンスの配下ナイトゴウンを討伐してくださった。そんなあなたにノーデンス討伐の協力をお願いしたいのです」
だからフィンは最初に腕試しをしてきたのだろう。
そのノーデンス討伐を頼めるほどの実力があるのか。
そしてその依頼をすると言うのであればソウル達をここ【アンダー・ロータス】に連れてこなければならない。
ソウル達が信用に値する人間なのかを見定める為に。
「だかラ、すまんナ。いきなり襲い掛かったりしテ」
「ったく……強引なんだよ」
悪びれる様子もなく笑うフィンに苦笑いしながらソウルは頭をかく。
「もちろん協力いただけるのであれば私達アンダー・リグルもあなた方の目的達成のための協力を惜しまない」
「いえ。協力いただけなかったとしても構いません。これは本来アンダー・リグルの問題なのですから。それにもう既にナイトゴウンの討伐という形であなた方は私達を助けてくださいましたし、出来うる限りの協力はさせていただきます」
「し、しかし……ニケ様」
ニケの言葉にヴィヴィアンは苦言を呈する。
「ノーデンスは危険な相手です。当然その討伐も命懸けのものになります。ですから無理強いなんて出来るものではありません。ソウルさん達にも大事な使命があるのですから」
それでもニケはそう言って優しく笑う。
そんなニケにヴィヴィアンはそれ以上何も言わなかった。
「……」
「どうする?ソウル」
レイはソウルの顔を覗き込みながら問いかけてくる。
今この一行のリーダーはソウルだ。
彼らに協力するかどうかを決めるのも。だってこれはソウルは始めたことだから。
「……」
正直、いいのだろうか?
ソウルの仲間……友達の命を預かる決断をしなければならない立場をあらためて認識しながらソウルはみんなの顔を見比べる。
「気にすんなよ。今更俺達がお前の決断にどーこー言わねぇよ」
「うん。ソウルならきっと最善の答えを出してくれるよ」
ギドとヴェンがそう言ってくれる。
他のみんなも力強く頷いてくれた。
「ありがとな……みんな」
心強い仲間の想いを受けてソウルは心を決める。
ありがとう、みんな。本当に頼りにしてるぜ。
「分かった。ニケ、俺達もそのノーデンスを倒すのに協力するよ」
「ほ、本当ですか!?」
ソウルの言葉にニケは目を輝かせる。
「あぁ。どの道俺たちだってシュタールに行かなきゃならねぇしな」
予想外の所で魔獣と相対することにはなるが、致し方ない。きっとそれがシュタールに至る最短ルートだろうし、何よりそんな魔獣の危機にさらされているアンダー・リグル達を見捨てて先を進むなんてことは、どうしてもソウルには出来なかった。
「悪い、みんな」
「ううん。ソウルならそうするって分かってたからね」
レイの言葉にみんな頷く。
ソウルが心配しなくても、みんなも同じ想いだったようだ。
「寛大な方だな、フィン」
「イヒヒ。そうだナ。やっぱりオイラの勘は正しかったようダ」
すると、フィンがピョンとソウルのそばに飛んでくる。
「よシ。それじゃソウル。ただ助けてもらってばっかじゃ申し訳ナイ。だから提案があるんだガ」
「提案?」
フィンの申し出にソウルは首を傾げる。
「オイラが……いや、必要なら他のアンダー・リグルの希望者を募ってもイイ。もしノーデンスを倒せたらオイラもシュタールへ行こウ」
「え!?」
「オイラは昔シュタールにいたカラ、シュタールの内情に詳しいハズだし、どうダ?」
そう言ってイヒヒと笑うフィン。
そりゃ、確かにフィンのような実力者が協力してくれるなら心強い。こちらとしてもありがたい話だろう。
「それは助かる!けど……いいのか?」
こちらの目的は至難を極めそうな内容だが……。
下手すればフィンにも多大な迷惑がかかるかもしれない。
「イヒヒヒ。実ハ、オイラもシュタールに用事があってナ。だからソウル達と一緒にいるのがウィンウィンだと思うんダ」
なるほど。フィンが言うには彼にもシュタールに行かなければならない何か理由があるらしい。
だったら一緒に行動するに越したことはないだろう。だが……。
「そのフィンの目的っていうのは何なんだい?」
レイがフィンに向けて問いかける。
そう、その目的である。
一体フィンは何のためにシュタールに行かなければならないのか。
下手なことに巻き込まれそうなら丁重にお断りするしかないだろう。
「安心しロ。ただ家族に……妹に会いに行きたいだけダ」
「え……フィンの妹はシュタールにいるのか?」
ソウルはフィンに尋ねる。
「あァ。両親と他の兄弟はみんな死んじまったから……オイラにはもうあいつしかいなイ。多分元気にはしているだろうガ……離れてるとやっぱり色々と心配でナ。オイラは訳あってこの迷いの石窟に来るしか無かった訳だガ、あいつはちゃんと地上に残ることが出来たからナ」
そうか……フィンの妹ということはおそらくまだまだ小さな子ども。
多分孤児院かどこかに預けられているとかだろう。
「フィン……」
「……うん。だったら私も協力するわよ!フィン!」
すると、オデットがバッと顔をあげながら強い口調で告げる。
「おォ!イーのカ!?」
「えぇ!きっと妹さんも寂しい想いをしてると思うわ!できることなら何でも言って!!」
やけに前のめりなオデットを見てソウルは何となく意外な印象を受けた。
「珍しいな。オデットがここまで積極的だなんて」
「お前のせいだ、バカソウル」
そんなソウルの頭をライが軽く小突く。
「あいつは実の兄貴みたいだったお前がいなかった間の悲しみを知ってるからな。多分兄貴に会えない妹の気持ちが分かるんだろ」
「う……」
ライの言葉にソウルは何も言い返せない。
それほど、オデットに与えた孤独は大きかったのか。
「わ、悪かった……」
「それを言うのは俺にじゃねぇし、もうそれは解決したんだろ?」
俯くソウルにライはそう言う。
「これからは、あいつのそばにもっといてやれよ。何だかんだ強気で気張ってるが、あいつは人1倍寂しがりなんだよ」
「わ、分かってるよ」
「あぁ。あいつのあの強気の態度は弱い自分の心を守るためのバリアだ」
そう、あの強気はオデットの盾。
弱さを見せてこれなかった彼女が幼い頃に身につけた防衛本能だ。
「……ありがとな、ライ。俺の代わりにずっとオデットを支えてくれてたんだな」
聞いていると、ライはオデットのことを手に取るように理解しているようだ。
人のことなんざあまり興味のないライがここまでオデットのことを理解してくれたのは偏に俺の代わりにオデットを支えようとしてくれてきたからだろう。
「ふん。勘違いするな。俺はただピーピー喚くあいつが煩わしいから上手く手懐けられるようになっただけだ」
「……そういやお前も、素直じゃなかったな」
「黙ってろ、この天然ジゴロが」
「誰がだコラ」
そんなことを言い合いながらソウルとライはオデットのことを見守る。
「んじゃア!オイラに活力を与えるために、その乳を揉ませてクレ!!」
「はぁ!?ちょっ、キモいキモいキモい!!そういうつもりで言ってないっての!!」
「……よし、とりあえずあのチビ潰すか」
「あぁ。ミンチにして地底湖に撒いてやろう」
怪しげな手の動きでオデットに迫るフィンに向けて、それぞれの獲物を片手にソウルとライは立ち上がるのだった。