小さな襲撃者1
「上だ!!」
突然の事態に固まるソウル達の中、唯一動いたのはシェリーだった。
彼女は咄嗟に黄金の太刀を抜くと、弾丸のように飛び上がって声の主に向かって斬りかかった。
「イヒヒ……速いナ……!」
ブンッ!
「な……!?」
しかしシェリーの閃光のような剣撃は空を切る。
一切の手加減もないその鋭い一撃を小さな影は宙返りでかわした。
「イヒヒヒ!さぁヤレ、ヤローども!」
「うおおおおおお!!!」
クルクルと空中で転がるように落下するそいつが声をあげる。
すると、周囲の岩陰から何人もの人影が飛び出してきた。
「嘘!?さっきまで何の気配も感じませんでしたのに!?」
「おいおい、アル!おめえらしくねぇな!!まさか聞き逃したってのかよ!?」
ギドはシュルルと服の袖からワイヤーを出すとそのまま迫り来る奴ら目掛けて撃ち出す。
「【電磁廻】のマナ!【パルス・カノン】!!」
超速で放たれたワイヤーが正確に飛び出して来た影に向かって飛来。
「ぎゃぁぁぁあ!?」
一瞬で何人もの敵を撃ち倒した。
「おらぁ!弱えなぁ!!これじゃあ何人いても変わんね……」
「イヒヒ。あんまリ虐めないでやってクレ」
「はぁ!?」
そんなギドの懐に飛び出して来たのは先程の小さい影。
黒い三角帽子を被ったそいつが張り避けんばかりに口角を上げながらその小さな拳を構えていた。
「どけ!【パルス・カノン】!」
放たれるギドのワイヤー。
突然現れた敵に対してもギドの攻撃は正確に撃ち出される。
「イヒヒ……」
けれど、その一撃は……。
バチィン!
「な……!?」
何かに弾かれて撃ち落とされてしまった。
かろうじてギドの目に映ったのはそいつの周りに舞う小さな粒子のような光。
それがギドのワイヤーを弾き飛ばしたのだ。
「フン」
ズドン!
「が……!?」
その隙にギドの鳩尾に撃ち込まれる小さな拳。
見た目とは裏腹に強烈なその拳は一撃でギドの意識を奪い、白目を剥かせてしまった。
「マジか……!【紅蓮】!!」
それを見て咄嗟に戦斧を振り下ろすライ。
一緒に訓練したギドのタフさは知っている。それを一撃で気絶させた。こいつ、見た目とは違ってかなりやばい。
これ以上暴れられる前にここで潰す!
「イヒヒッ」
赤い稲妻を纏うその破滅の一振りは目の前の小さな襲撃者を的確に狙う。
「【龍電】を【武装】。【龍の掌】」
ブォン
対するそいつは魔法を発動。
彼の両腕に雷が纏われたかと思うと、それはまるで巨大な龍の手のような形へと変化。
バシィッ
そして、ライの【紅蓮】をその手で受け止めてしまった。
「マジか……!?」
ライの馬鹿力を持ってしても、戦斧はピクリとも動かない。
「なかなかイーゾ。でも、まだまだ足りんナ」
「クソが……!調子に乗ってんじゃねぇ!」
余裕な笑みを浮かべるそいつに苛立つライは戦斧を手放し、拳を握る。
【紅雷】に【拳】のマナ。【紅雷拳】。
紅の雷が灯り、バチバチと破裂音を鳴らすライの拳を奴に向けて叩きつける。
するとそいつは空中でスルリと身体を翻して軽々と拳を回避。そのままライのアゴに強烈な蹴りを食らわせる。
ゴキィン!
「ガ……!?」
突き上げられた一撃でライの脳が揺らされる。そしてそのまま無惨にも背中からドサリと倒れ込んでしまった。
「ギド……!ライさん!?」
瞬きの間に倒れる2人。あまりの速さについていけなかったモニカは何が起こったのか理解もできない。
「【二重奏】!」
かろうじて反応できたヴェンが魔法を展開。
自身の分身を生み出すとそのまま小さな襲撃者を抑えるように構える。
「イヒヒ。そレ、水聖剣だナ?」
「そうですよ!」
『これ以上、好きにはさせない!!』
狭い石窟の中。
大規模な魔法攻撃は展開しにくい。かと言ってこの身軽さでは細かい攻撃は通らないだろう。
ならば!
「【水霊】に【拘束】のマナ!【海の鳥籠】!」
ヴェンの後方から発動されるエリオットの魔法。
周囲に水が発現し、それが一気に敵の身体へと収束。
ボッ
小さな襲撃者を見事水の中に閉じ込めてしまった。
「喰らえ……!」
『【沫】!』
そこに2人のヴェンから撃ち出される水の光線。
それは敵を挟むように撃ち出される。これなら敵に最大限のダメージを与えると共に周りへの被害も少ない。
「甘いナ」
だが、それでもなお奴は不敵な笑みを崩さない。
ヴェンの渾身の一撃を、彼の龍の手で受け止める。
ゴッ!!
「嘘……」
「効かないゾ。【乱気龍】!」
そしてそいつは龍の両手を振り回し、ヴェンの【沫】と同時にエリオットの【海の鳥籠】を引き裂き、一気にヴェンの懐へと飛び込んでくる。
「速……!?」
「さァ。これで終ワリ……」
「どけっ!」
呆けるヴェンに向けて飛びかかろうとする奴の横っ腹に撃ち込まれたのはシェリーの剣撃。
「うゴッ!?」
それは見事に敵の横っ腹を斬りつけ、壁へと叩きつけた。
「あ、ありがとう……シェリーさん……」
「気を抜いてはいけません。まだです」
シェリーの警戒した声を聞いて、ヴェンは慌ててアンサラーを構えなおす。
「イ…ヒヒヒ。死ぬかと思ッタ」
すると、倒れていたそいつが何事も無かったかのようにピョンと身体を起こす。
「嘘……」
ピンピンしているそいつの様子にヴェンは思わず息を呑む。
確実に当たっていた。なのに何故?
「オイラじゃなきゃ死んでタゾ、全ク」
起き上がりながらなんとそいつは呑気に準備体操のようなものを始める始末。
「オイラはあいつとやり合いたいんだ。ダカラヴィヴィアン、後は任せたゾ?」
パンパンと服を払いながらそいつは跳躍。
凄まじい速度で前衛のソウルの元へと飛来した。
「消えた!?」
ヴェンとエリオットの目にはその動きは一切捉えられず、まるで目の前から消え去ったかのような錯覚を起こす。
「あれは……」
しかし、高速で消える奴の動きをシェリーは見逃さない。
跳ぶと同時に展開されたのは黒い翼。
鳥とは違う、まるでコウモリか何かのようなその皮膜を持ったその翼を持つ種族……まさか、こいつは……!
「逃しはしない!」
超速で飛ぶそいつを追いかけるシェリー。しかし、それを邪魔する影が現れた。
「全く……!いつもいつも私はあなたの後始末だ!」
「っ!」
シェリーの行手を阻むように現れたのは漆黒に染まる鍾乳石。
それが四方から槍のようにシェリーへ突き出されてくるが、シェリーはそれらを身を捩らせて回避する。
「確か…ここの洞窟で地の魔法は使えないのではなかったか?」
オデットがここに来た時に、地の魔法を扱うことができなかったと聞いた。
だが、この魔法は間違いなく大地を操る地の魔法。
「そうだ。この洞窟は【黒断石】で形成されている。故に闇の力を交えた地属性の力しかここで地の魔法を扱えはしないのだ」
闇の向こうから響く高貴な女性のような声。
【黒断石】。確か、闇の力を強く有した魔法原石の1つ。その性質は闇以外の魔法の性質を弱める力を持っていると聞いたことがある。
「なるほど。つまりここはあなたの縄張りと言うことか」
「へぇ……そこまで理解出来ていても動揺は少ないようですね」
ここは洞窟。つまりいつどこからでもシェリー達に向けて攻撃が可能だと言うこと。
それでもなお冷静なシェリーの姿を見て声の主は警戒を強めたような気配を見せた。
慢心してこない。この敵……強いな。
シェリーの戦闘の勘がそう告げる。
「あなた方に恨みはない。だが、我々の目的のために必要なことなのだ。すまないがここで足止めさせてもらうぞ!ハーフエルフ!!」
闇の向こうから響く怒号とともに、シェリー達を押し潰さんと岩の壁が迫る。
「上等です。ではこちらも全力で迎え撃たせてもらおう」
それに応えるようにシェリーもまた握る刀に力を込めるのだった。




