帰り道
「すっかり遅くなっちまったな」
「そうだね」
西の堀を後にしながらソウルとガストは暗くなった街で帰路についていた。
まばらに人は歩いているが、昼のような活気はなく、魔法が込められた魔石によってぼんやりと照らされた街は幻想的に青く輝いている。
「何か起きた時に、ないよりマシだろ?」と言ってマックスから無理やり渡された木剣を背負いながらソウルはガストと共に夜の街を歩く。
ソウルは特にかける言葉も見つからず、沈黙が続いていた。
「……最近仕事はどうだ?」
沈黙に耐えかねたソウルはガストに尋ねる。
「……んー、いつも通りかな」
ガストは微笑みながら答えてくれるがまた、沈黙。
昔ならもっと何も考えずに会話できていたはずなのだが、最近は特に会話の内容に困ることが増えた。
お互い仕事で顔を合わせることが減ったことも原因の一つかもしれない。
あー、なんでこんな気まずいんだ?
ソウルは心の中で頭を抱える。
一方のガストに目をやると、特に気まずい様な様子はなくむしろどこか楽しそうに周りに目をやって歩いていた。
ふんわりした髪は優しく風になびいており、ぱっちりした瞳は街灯の光を取り込んで綺麗に透き通っている。
ちょんとした可愛らしい鼻は夜の冷え込みで少し赤く、その下の唇は柔らかそうだ。
って、俺は何やってんだ!?
自分に心の中で突っ込みをいれながら慌ててソウルは目をそらした。
その様子をガストは不思議そうに眺めている。
「あ、そうだ」
すると、ガストは思い出したようにどこか遠くを見つめながら告げた。
「いよいよ、来週だね」
「……あぁ、そうだったな」
来週はガスト、ライが魔導学校に入学する日だ。2週間ほど前にヴィクターから案内の手紙が3通届いていたのだ。
「ウィルも、行けたらよかったのにね」
「あぁ……。でも、俺は嬉しいよ。だって、あいつも国に認められた優秀な魔法使いだったってことだろ?この孤児院から3人も魔導学校入学者が出るなんて、誇らしい事じゃないか」
ソウルはにっとガストに笑いかける。
「……ソウル、無理してない?」
そんなソウルにガストは恐る恐ると言った様子で尋ねた。
「そりゃあ、さ」
ソウルは薄暗くなった空を見上げて続ける。
「お前らと一緒に、魔導学校に入学したかったさ。あの時は受け入れられなかったかもしれねぇけど、今は違う。だから魔法が使えなくたって、みんなを守ってやれるような騎士になれるように特訓してるんだ。諦めねぇよ、いつか必ず追いついてみせる。そして、お前らと肩を並べて生きていくんだ」
魔導学校には誰でも入れるわけじゃ無い。5年前の魔導霊祭結果と、国のお偉いさんが話し合って厳選すると聞いている。
そこに選ばれたということは誇らしいことなのだ。
ソウルは決して負け惜しみでも、皮肉でもなく、3人のことを誇りだと思っている。
そして、その3人とまた並んで歩いて行きたい。
魔法の使えないソウルにそんなことはできないと誰もが感じるだろう。
だが、あの時シルヴァが激励してくれたから、3人が支えてくれたから、ソウルはその夢を諦めないでいることができる。
ガストは目を丸くしていたが、やがて優しく微笑んだ。
「なれるよ、ソウルになら」
そう言ってガストはソウルの手を握った。
「もう、たくさん守ってくれてるよ?孤児院のみんなも、シルヴァもライも……もちろん、私も。これからソウルがいない所に行くけど、これからは自分1人でもやって行けるように頑張りたい。そう思えるようになったのはソウルの……みんなのおかげなんだよ」
言い終えるやいなや、ガストの目から涙が溢れてくる。
「ちょっ、泣くなって!あー、どうしよう。ハンカチとかどっかに……」
ソウルが慌ててポケットに手をやっていたその時、目の前にガストの顔があった。
「好きだよ、ソウル」
そしてソウルが何か言う前にソウルとガストの唇が重なる。
「っ!」
今起こっていることが理解できずに固まっていると、ガストはすっとソウルから離れた。
「学校から帰ってきたら、今度は私がソウルを一生守ってあげるね?」
それは今まで見てきた中でガストの1番綺麗な笑顔だった。