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オデットの過去7【強気な少女の足掻き】

「は…ははは……」


 オデットの落ちた穴を覗きながらフレッドは笑う。


 地の底では、力無くぐったりと瞳を閉じたオデットの姿があった。


 かなりの高さだ。多分死んだだろう。


 仮に生きていたとして、この穴を上がってくることはできないはず。


「ざまぁみやがれ……」


 そう吐き捨てると、フレッドは逃げ去っていったトーマスを追いかけるために山の中を駆け出した。


ーーーーーーー


「う……」


 オデットが暗い穴の中で目を覚ます。


「……私…、生きてる……?」


 完全に死んだと思ったが、体中に走る鈍痛が彼女が生きていると言うことを教えてくれる。


「い…ったぁ……」


 重い体を持ち上げながら、オデットは周囲を確認した。


 なるほど。ここは古い井戸か何からしい。穴の周囲をゴツゴツとした岩壁が囲っている。


 そして、放棄されてからかなりの年月が経ったのか。地面は溜まりに溜まった落ち葉が腐葉土となり、柔らかかった。


 これがクッションとなって助かったのだろう。


 さて、何とか助かったのはいいが……。


「……どうしよ」


 左肩の傷は幸い深くはないようだ。もう血が止まってはいるが動かすと激しい痛みを起こす。


 それに加えて、どうやら落下時に足を痛めたらしい。今のオデットは立つこともままならなかった。


 極め付けに、オデットが意識を失っている間に随分と時間が経ったのか、空はすっかり真っ暗で穴の外に残酷なくらいにたくさんの星が眩いている。


 だ…誰か助けに……。


 そんな弱気な考えが頭をよぎるが、すぐに首を横に振った。


 そんなの、来るわけない。


 あの頃と同じ。


 誰も私を助けてなんかくれない。


 父と母の機嫌で飛んでくる暴力。私が反抗しようものならもっと、酷い仕打ちが返ってくる。


 誰かに助けを求めても、わずらわしそうに忌避されるだけ。そして、その事実が両親に知られたらもっと酷い目に合わされた。


 この世は力が全て。力無いものは支配されて虐げられる運命。


 今の私のこの状況も同じだ。私はフレッドに負けた。


 魔法なんていう卑怯な手を取られたせいだけど、それも仕方ない。結果が全て。


 全てを諦めたようにオデットはゴロリと転がって孤独に星空を見上げる。


 その満点の星空は、何故かとてもオデットの心に沁みた。


「あーあ……私も魔法が使えたら……あんな奴に負けないのに」


 悔し紛れにそんなことを口に出してみる。



『そうすれば……どうだ?それで幸せか?』



「……っ」


 こんな時にまで頭によぎるのはシルヴァの言葉。


 くっだらない。そんなの……。


 オデットは1人先程のフレッドの姿を思い出す。


 そう、確かにオデットはフレッドに負けた。卑怯だったけれど、あれはオデットの言う【強ければいい】という理論で言えば何も間違ってないはずだ。


 その強さで相手を屈服させ、自分の自由に生きる。


「……下らないなぁ」


 それが悔し紛れだったのか、本心だったのか分からないけれど。


 何故か、そんなセリフが口をついた。


 それと同時に、悔しかった。


「……っ、私、あんな奴に負けて、ここで死ぬの?」


 ポロポロと溢れる涙。


 あんな、醜悪な姿を晒すフレッドに私はこのまま殺されてしまう?


 嫌だ……悔しい……!


 あんな奴に負けたくなんかない!


 オデットの心が再び熱を帯びる。


 絶対に生きて出てやる……こんなところで死んでたまるか!


 這いつくばりながらも、懸命にオデットは古井戸の岩肌へと手を伸ばす。


 痛みで痺れる足を動かして、1つ1つ、しっかりと腕を上に上に伸ばしていく。


 ズルっ



「きゃあ!?」


 手を滑らせて、オデットは穴の中へと落下する。


 ダメだった……でも、まだまだだ!


 何度も何度も……落ちても落ちてもなおオデットは穴の外を目指して岩壁を登り続けた。


 落ちるたびに、私は無様な悲鳴をあげながら。それでもなお諦めなかった。


 何で、私はこんなに生きることに執着してるのか分からなくなるぐらい。それでも私は登り続ける。


 最初はとても遠かった星空も、もう後手の届く場所にある。


「もう……少し……!」


 穴の外に手がかかる。


 もう少しで……もう少しで外に……!


 そしてほんの少し。オデットの気が緩んだその瞬間。


 ズルっ



「しまっ……」



 オデットは自身の足を踏み外す。


 目の前に見えた星空が再び遠ざかろうとする。



 そんな……せっかくここまで来たのに?



 もう体力だって、限界だ。


 ここで落ちたらもう上がってこれるだけの力なんて残ってない。


 落下と共にオデットの心がへし折れそうになる。



「だ…れか……」



 絶望と共に、口から漏れるのは何年も封印してきた言葉。


 言っても無駄だと、私が捨てたはずの言葉だった。



「誰か……助けて……」



 暗い森の中に、オデットの言葉が響く。


 けれど、その小さな呟きは哀れにも森の風の音の中に揉まれて消える。


 誰にも届かない言葉。


 私にとって、何の意味も持たない言葉だ。


 ほんと……嫌になる。


 本当は……本当は私は……!


 何かを求める彼女の手は虚しく空を掴み、届かぬ星へと伸ばされる。


 まるで彼女の無力感を象徴するように。


 いつも……いつも私はこうなんだ。


 こんな、私のことなんて誰も見てくれなんかしない。


 あぁ……これは運命なんだろうか。こんな孤独な私にピッタリの最後。


 それでも、夢見たっていいじゃない。私のことを助けてくれる人が……いて欲しい。


 そんな人、誰もいないけれど……それでも、それでも私は本当は。



 誰かに、助けて欲しかった。



 そんなオデットの想いを嘲笑うように、重力は彼女の身を再び暗い孤独な闇の底へと誘おうと彼女の身体を引っ張った。







「オデット!!」



 ガシッ!



「……っ!?」



 突如呼ばれる彼女の名。


 空を切ったはずの手が、何かに強く掴まれた。


 闇に引きずり込まれそうだった身体は引き止められ、彼女はブラリと宙吊りになる。



「な……んで……?」



 その光景に、オデットはたまらずそう問いかけた。


「何で?んなもん決まってんだろ?」


 目の前に現れた、その少年。


 月夜に照らされた琥珀色の瞳が、はっきりと助けを求めた彼女の姿を映し出す。



「俺はお前の兄貴分だからな。お前が助けを必要とするなら助けんのは当たり前だろーが!」



 そう言ってソウルは暗い闇の底からオデットの身体は力強く引っ張り上げた。

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