オデットの過去2【強気な少女の勝てない相手】
その夜。
「おいおい……まぁーた怪我して帰ってきたんか?」
「……うっさい」
白髪混じりの眼鏡のおっさんが、呆れたような顔で告げる。
今、オデットは孤児院の管理者シルヴァ神父に軟膏を塗られたり、包帯を巻かれたりとケンカで作った生傷の治療を受けていた。
「別に、仲良くしたくねぇ奴と仲良くしろとは言わんがなぁ……そんな周りに噛みついてばっかりだと苦労すんぞ?」
「しないわよ、知ったようなこと言わないで」
「ほー?」
「いった!?馬鹿!?何すんのよ!!」
そんな最中、シルヴァがオデットの擦り傷にグーッと軟膏を押し付けてくる。
「サイッテー!!仮にも孤児院の子どもにこんな仕打ちをするなんて!人でなし!人の皮を被った悪魔!」
「はっはっはー。治療のためだから仕方ねーだろー?」
やいやいと文句を言われてもなおシルヴァは平然とまた治療に戻る。
これもまた、いつものこと。
この神父だけは、オデットがどれだけ口撃しても効かない。涼しい顔で受け流されるばっかりだ。
「ほんっと……何でこんなおっさんに私が勝てないのよ」
「まーたそんなこと言って……相変わらずお前はちっせぇなぁ」
「何がちっさいのよ!?」
頭にカンカンに血を昇らせながらオデットはシルヴァに噛み付く。
「いい!?今に見てなさいよ!?今は敵わないかも知んないけど!いつかあんたをギャフンと言わせてやるから!覚悟してなさい!!」
「あのなぁ、お前さんは一体どうなりたいんだ?」
オデットの宣戦布告を聞き流しながら、逆にシルヴァは彼女に問い返す。
「どうなりたいって?決まってんじゃない、強くなりたいのよ!誰よりも誰よーりも強くなってやるの!!」
「強くなって、どうすんだ?」
「どうするって……別に、そんなのいいじゃない!強くさえなれば、自由に生きていけるでしょ!?」
シルヴァの問いかけにオデットは彼女にしては珍しく口籠った。
「弱ければ利用されるだけよ!そんな人生はごめんだわ!!だから私は強くなるの!!そうすれば……」
「そうすれば……どうだ?それで幸せか?」
「……っ」
シルヴァの言葉にオデットは次の言葉を失う。
幸せか……?
そんなの、他の人間に左右されずに生きられるなら幸せに決まってるじゃない!
決まってるはずなのに……。
「……」
オデットは、何故か何も言い返せなかった。
そんな彼女の頭をグシャリと撫でながらシルヴァは笑う。
「はっはっはー。今日も俺の勝ちだな?オデット」
「ず、ずるいわよ!子ども相手に……大人気ないわね!!」
オデットは悔し紛れに言い返してみるも、余計に自分が惨めになるだけだった。
「力だけが強かろーが、そんなもんは大したもんじゃねぇんだよ。本当に強え奴ってのはもっと別の強さを兼ね備えてるもんだ。本当に強くなりてぇんなら、それを学ぶんだな」
「【別の強さ】……?何よそれ」
「何だろねぇ」
「お・し・え・な・さ・い・よ!」
「はっはっは、いてぇいてぇ」
オデットは目尻を釣り上げながらシルヴァのスネを蹴りまくるが、相も変わらずシルヴァは涼しい顔をしている。
「教えねぇな!それは自分で見つけなきゃ意味がねぇんだから。そうだな……それを知りたいってんならあいつを観察してみな」
「あいつ?」
シルヴァが指さす先には中庭に面した窓。
そこを覗くと、木の棒を振り回す黒髪に琥珀色の瞳をした少年と、ピンクの髪を揺らしてそれを見守る少女の姿があった。
「あいつって……まさかあの馬鹿ソウル?」
「おぅ」
「はぁ!?人を馬鹿にするのも大概にしなさいよ!!」
よりにもよって、あいつ!?
いっつも弱いくせにしゃしゃり出てきてはすぐ打ちのめされるあの弱虫!?
ケンカだって弱いし!あいつのどこに強さなんてもんがあんのよ!?
「はっはっは。俺は真剣だぞー」
「嘘つき!どーやったらあいつが強いってなんのよ!!」
ありえない!
あんな奴、私が1番なりたくない奴じゃない!
他の5歳の子は魔法を発現させてるのに、あいつと……もう1人魔法を発現できてない子がいたけど。あの子はカッコいいし頭がいいからよし。
でもあいつは馬鹿だし、カッコ悪いし。
どこに強い要素があるのか。
きっと、この碌でもない大人は私をからかってるんだろう。
「くっっっだらない!!私もう寝るもん!!シルヴァのバカ!」
「おー。おやすみー」
プンスカと頭を沸騰させるオデットの背中にやる気のない声をかけながらシルヴァは手を振る。
あー、くだらない!!
絶対にあんな奴にはならないから!今に見てなさいよ!!