あいつにとっての何?
「……」
「……あのさ」
豪華な客室の中で、親の仇のような目でこちらを睨んでくるシーナに向けてオデットは流石に我慢の限界を迎える。
「別に、私が気に入らないって言うならそれでいいけどさ。部屋の中でまでそんな敵意丸出しの目で睨むのやめてくんない?ちっとも気が休まらないんだけど」
「……私も、あなたのことを信用できない」
オデットの言葉を聞いて、なおシーナの眼光は鋭く光る。
「……初めて会った時、ソウルのことを引っ叩いたあなたがどうしてこんなところにいるの?私もギドと同じ意見。あなたはソウルの敵なんじゃないかって思う」
「あんたらと仲良しこよしをするつもりもないし、別にいいんだけどさ、一応あいつを助けるためにイグとか言う化け物と戦ったことは無かったことにされてんのね」
「……っ」
オデットがソウルを引っ叩いたことが事実なら、その後ソウルを助けるために協力してくれたと言うこともまた事実だろう。
「……あ、あれは任務だからノーカン」
そうだ、あれは任務だったから。
彼女の本心ではないかもしれない、と。焦る心を隠しながらそう言い繕ってみる。
けれど、オデットはそんなことで何とかなる相手ではなかった。
「それにあんただって初対面のあいつのこと蹴り倒したって聞いたわよ?そんなあんたはあいつにとって敵じゃないの?」
「……そ、それは……」
見事なブーメランだった。
オデットを責めるつもりがどんどんシーナは窮地に追いやられていく。
そんなあたふたするシーナを眺めながらオデットはため息をついた。
こんな言葉での喧嘩なんて、オデットにとっては慣れっこ。
孤児院の時から歳上の子ども達に噛みついては喧嘩三昧な日々を送ってきたオデットにとって、最近まで人との関わりを絶ってきたシーナとの口論など取るにたらない。
「……」
そう、喧嘩三昧だった。
私は、いつだって喧嘩をしては他の子どもから疎外されて……。
そして……。
「……まぁ、いいわ。とにかく私が言いたいのは私は敵じゃないってことだし。確かに私はあいつを引っ叩いたけど……私達だって複雑なのよ。これは私達とあいつの問題なんだからあんた如きが邪魔しないでってこと」
「……なにその言い方」
オデットの物言いにシーナはカチンと頭に血が昇る。
「……まるで、あなたとソウルの方が仲が深いみたいな言い方。ムカつく」
「何よ、実際そうでしょ?私が孤児院に預けられてから7年は衣食を共にしてきたんだし……っていうか、ずっと聞きたかったんだけど、あんたこそ一体何なの?」
呆れたようにオデットはシーナに問いかける。
「あんたはあいつにとって何なの?友達?仲間?それとも……女?」
「……っ」
オデットの言葉にシーナはドキリとする。
「……わ、私は」
私は……ソウルにとって一体何?
「……な、仲間」
そう言った時、何故かシーナは胸がチクリと痛むのを感じた。
「……そ。見ててずっと変な気がしてたんだけど。聖剣使いのくせにイーリスト捨ててあいつについて行くとか……てっきりあいつの女なのかと思ってたわ」
「……そんなんじゃ……ない」
そう、そんな関係じゃない。
ただ、同じ騎士団の仲間。
「じゃあ、なおさら私達のことに口出ししないでよ。これは私とあいつの問題なんだから」
「……じゃあ、あなたこそ何なの?」
震える声でシーナはオデットに問いかける。
「……あなたとソウルは、一体何なの?どう言う関係なの?」
「あたしとあいつ?」
オデットは肩をすくめながら答える。
「家族よ。そりゃ、血は繋がってないけど苦楽を共にしてきた家族……だと、そう思ってたわよ」
「……思っ…てた?」
オデットの言い回しに、シーナは引っかかる。
そこで初めてオデットの表情が曇った。
「……別に、いいでしょ?それだけよ。特別な関係とかそんなんじゃないし。あぁ、安心して。私はあいつを男として意識なんて絶対しないから」
「……っ!?そ、そんなの別にどうだって……」
「嘘つき。見てれば分かるわよ。あいつにその気がなくてもあんたはそうじゃないんでしょ?邪魔しないから好きにアタックしなさいよ」
「〜〜〜〜〜〜〜っ!?!?」
オデットの言葉にシーナの顔が真っ赤に染め上がる。
「とにかく、そんな訳だからあからさまに敵意むき出しにしないで。わかった?それじゃ私は疲れたしもう寝るから」
「……あ、ちょ…」
シーナの制止も聞かずにオデットは床についてしまった。
しんと静まり返る部屋の中でシーナは俯く。
「…………」
私は私が分からなくなってしまった。
私のいるべき場所が……進むべき道が見えない。
私は、ソウルが大好きだ。できることなら、ずっと彼のそばにいたい。
けれど、アイリスとの戦いと、彼女の想いを聞いて。私がソウルの隣にいてもいいのか分からなくなってしまった。
みんなのために戦うソウルと、罪に塗れたシーナ。
「……こんな私が、ソウルと一緒にいてもいいの?」
1人残された部屋の中で、シーナはそう呟く。
罪深い私と言う存在にシーナは押し潰されるような錯覚を覚える。
消え入りそうなか細いその問いかけにも、応えてくれるものは誰もいなかった。