アル達の決断
明くる日。
アルは朝の日差しを浴びながら重いまぶたを擦る。
ほとんど、眠ることができなかった。
ガンガンと寝不足で痛む頭を抱えながらアルは寝床を後にする。
「……さて」
陰険な空気を振り払うようにアルは首をフルフルと振る。
もう、今日にはソウル達がシンセレスへと帰ってしまう。きっと、あの子達も悲しいはずだろう。
あの子達にこれ以上辛い思いはさせられない。
せめて、美味しい料理を作って笑顔にしてあげなければ。
そう思いながらアルは子どもたちの眠る部屋へと向かう。
「さぁ!朝ですわよ!起きなさいですわ!!」
アルは自身の暗い気持ちを吹き飛ばすように、快活な声で叫ぶ。
私の元気がないならあの子達も不安になる。だから、空元気でも何でもいい。
それできっとこの子達は元気を出してくれるだろう。
そう思っていた。
「……え?」
ところが、アルの目に飛び込んできたのは空っぽになった4つのベッド。
普段ならまだみんな穏やかな寝息をあげながら「もう少し寝かせてー」と駄々をこねるはずの時間。
「ど、どこに行ってしまいましたの!?」
アルはどこかへといなくなってしまった子ども達を探すように部屋の中を探す。
何故あの子達がいないのか。
こんな朝から遊びに行く予定なんてないだろう。
どこかに隠れて遊んでいるのだろうか。それともまさか誰かに連れ去られた?
アルは唯一の心の拠り所を失い焦燥感に襲われる。
もう私にはあの子達しかいない。あの子達を失うようなことがあれば……私は……!
足元が崩れ落ちるような錯覚を感じながら、アルがポーラのベッドに身をよりかけたその時だった。
「……あ」
ポーラのベッドに1枚の紙が置いてある事に気がついた。
ーーーーーーー
「みんな!大丈夫ですの!?」
アルは身支度も整えずに手紙に書かれていた場所へと飛び込む。
「あぁ、おはようアルちゃん」
そんな息も絶え絶えなアルを出迎えたのは黒髪の見た目は少女のような女性。
アルのバイトの雇い主。アマンダだ。
「店長!みんなは……4人はどこにおりますの!?」
アルはすがりつくようにアマンダに飛びつく。
「あははっ。安心しなよ、4人ともここにいるから」
そんなアルを落ち着かせるようにアマンダは優しくアルの頭を撫でた。
その言葉を聞いてアルの身体からヘナヘナと力が抜ける。
「よ…かった……ですわ」
「……やれやれ」
少し呆れたような、それでいてどこか優しそうな声でアマンダは告げる。
「でも……でも、どうしてあの子達はここにいるんですの?しかも、こんなに朝早くに」
今はまだ朝の7時。アルが子ども達を起こしに行ったのはその約10分前だ。
すでにその時にはベッドはもぬけの殻。つまり、もっと早い時間に家を出た事になる。
「それは、あの子達から直接聞いた方がいいよ」
そう言うとアマンダはアルを店の奥へと連れていく。
「お、重い〜……」
「もう。ラルフ、男の子でしょ!頑張ってよ!」
「で、でもよ!ポーラとメリーは軽いもんばっかじゃんかぁ!」
「仕方ないじゃない!重いんだもん!」
「ご、ごめんねラルフ……」
「い、いや別にいいんだけど……」
「とにかく、早く終わらせるぞ!アルねーちゃんが来る前に……ってあぁ!?」
「キャーっ!?もうアルお姉ちゃん来てるじゃない!?バカ!ラルフとヨハンが遅いから!」
「「俺たちのせいにすんなよ!!」」
目の前の光景にアルはポカンと、空いた口が塞がらない。
そこにいたのはアマンダの店の制服に身を包んだ4人の子ども達。
彼らはいつもアルがやるような喫茶店の仕事をやっていたのだ。
「て、店長……これは一体……」
「ご覧のとおり。今日からこの子達にここで働いてもらう事にしたのさ」
アマンダは手を挙げながらそんなことを言う。
「ま、待ってください!?何でそんなことを!?」
アルはたまらずアマンダに食ってかかっていた。
「あの子達は私がこれからも守っていきますわ!まだあの子達を働かせるのは早いです!私に黙ってそんなこと……」
まだあの子達は6つ。働きに出るには早すぎるだろう。
「あの子達が望んだんだよ。アルちゃん」
「あの子達が……望んだ……?」
アマンダの言葉にアルは目を見張る。
何で……?何であの子達がそんなことを望んだのだろう。
「えっと……アルねーちゃん」
そんなアルの疑問に応えるように4人の子ども達が抱えていた大荷物を所定の位置に置いてこちらへとやって来た。
「私達……みんなで話し合ったの」
「うん。それでみんなで決めた」
「決めたって……ここで働くことをですの!?何でそんなことを?まだあなた達は働くには早すぎますわ!何か欲しいものがあるのなら言ってくれれば……」
何か欲しいものでもあったのだろうか。
お金なら余裕があるのだからこんな心配をかける方法を取らなくても相談してくれればよかったのに。
アルはそう思ったが、子ども達から帰って来たのは予想外の答えだった。
「違うよ。俺達、アルねーちゃんがいなくても4人でもやっていけるってことを見せたかったんだ」
「……え?」
私がいなくても……やっていける?
「アルねーちゃん、本当はソウルお兄ちゃんと一緒に行きたいんでしょ?」
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!?!?」
ポーラの言葉にアルはギクリとした。
「な、何言ってますの!?私にとって1番大切なのはあなた達ですわ!ソウルのことなんて……」
「俺たちにとってもアルねーちゃんが1番大切なんだよ!」
アルの言葉を打ち消すようにヨハンは叫んだ。
「アルお姉ちゃん、私達のお父さんお母さんがいなくなった時に何も言わずに私達を引き取ってくれた」
「ずっと……ずっと感謝してた。そ、そりゃ普段は小っ恥ずかしくて言えないけどさ」
「だから……俺達だってアルねーちゃんに幸せになって欲しいんだってずっと思ってるんだよ」
4人の子ども達はポロポロと涙を流しながらアルに訴えかける。
「アルねーちゃんがソウルにーちゃんのこと、すごい大切に想ってるの知ってる。今追いかけないと、もう2度と会えなくなっちゃうかもしれないんだよ!?」
「だから……行って欲しい!いつもいつも、アルねーちゃんは俺達のことを優先してくれてるじゃんか!だから……」
「今まで育ててくれた恩を、返させてくれよ!俺達は俺達だけでもやれるから……だから、行ってくれよ!」
あらん限りの想いを込めて。4人の子ども達はアルに叫んだ。
「だ…ダメですわよ……!だって、誰があなた達のことを守るんですの……!?」
仮にお金の問題がどうにかなったとしても、この子達の身の安全は?世話は?
それをほっぽり出して行けるほどアルのキモは座ってなんかいない。
「安心しなよアルちゃん。この子達の面倒は私がみるよ」
そんなアルにアマンダが告げる。
「私の家もある程度広いし、昔ちょーっと子どもの面倒見る機会もあったんだ。この子達より少しだけ歳は上だったけど、アルちゃんが育てたこの子達はしっかりしてる。仕事ぶりを見てて分かる。アルちゃんがしっかりこの子達と向き合って来た証拠だよ」
アマンダの言葉にアルの瞳から滴が溢れる。
「この子達の気持ちも、汲んでやんな。アルちゃんが育てたこの子達は強い。しっかりやっていけるから……ね?」
ここまで……ここまで考えてくれていたのか。
この子達の姿が、かつて親を亡くした私と重なった。
親を亡くして頼る当てもない。生きる気力を失った抜け殻だったこの子達を見捨てるなんてことなんて、とてもできなかった。
もちろん最初は困った。料理だってできなかったし、何度まずいと泣かれたか数えることもできはしない。
いっぱい、いっぱい努力した。
料理もたくさん勉強したし、子育てについて近くのマーニャおばさんにたくさん聞いた。
そうして、日に日にこの子達は生きる気力を取り戻し元気になっていった。
ずっとこの子達を守っていかないとと、そう思ってやってきた。
だけど……だけど。
「い…いいんですの……?」
アルは目の前に立つ4人の子どもを見る。
そこには、ずっと守っていかなければならないと思っていた彼らが、まっすぐに立つ姿があった。
「もう……会えないかもしれないんですわよ……?」
「うん。知ってる」
「またあなた達に辛い想いをさせる事になるかもしれないんですわよ……?」
「俺達4人なら乗り切っていける」
「うん。だから私達ならもう大丈夫」
「アルお姉ちゃんが、私達に強さをくれたから……アルお姉ちゃんがこれまで私達と向き合ってくれたから」
「でも……私だってあなた達と会えなくなるのは辛い……」
「私達だって……おんなじだよ……!でも、ソウルにーちゃんならきっと上手くやってくれるよ」
「世界が終わっちゃうかもしれないんだろ?だから、アルねーちゃんの強さで、パパーッと世界を救ってきてくれよ!」
「そしたらまた一緒に5人で暮らそ?それまでの間だけだから」
「俺達待ってる。信じてるから……だから……!」
4人の子ども達はボロボロと涙を零しながら、告げる。
この想いを、届けるために。
これまで育ててくれた恩を返すために。
大切なお姉ちゃんの背中を、力強く押すために。
「「「「ずっと、待ってるから!だから行ってきて!アルねーちゃんが行きたい道を、進んでよ!!」」」」
「はい…ですわ…!」
彼らの想いに動かされ、アルは4人を力の限り抱きしめる。
「必ず……帰ってきます……!だから、少しだけ……少しだけ側を離れますわ。帰ってきたらたくさん……たくさん美味しいものを食べて、一緒に暮らしましょう……!」
その温もりを確かめるように。
これからしばらく会えないこの子達の存在を、この心に焼き付けるように。