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ジャンヌの葛藤

「何故、私に彼と行かせることを許してくれない!?」


 王室で、金髪金眼の少女が叫んでいた。


 その少女と相対する厳格な顔持ちの王は無表情でその様を見る。


「もう聖女などと言う肩書きはいらない!今回の件ではっきりした!こんな国のためにこれ以上働いてなるものか!騎士や聖女など全て捨てて彼と共に行く!」


「ならんな。特に今お主をあの男と行かせる訳にはいかん」


「何故だ!?私が聖女だからか!?」


 あらん限りの声をあげながらジャンヌは叫ぶ。


「フレデリック王、あなたが何と言おうが私の意志は変わらない!誰が引き止めようと私は彼と共に行くぞ!」


「ふっ。やってみよ。だがその時はどうなる事だろうな」


「何を……」



「貴様がついていくとなれば、この国の者はどう思うだろうな。お前がお膳立てしたと、そう言う筋書きになるだろう。そうなれば例え奴がヴルガルドとの同盟を引っ提げてきた所で庇い立てなどできまい、そのまま処刑台送りだが……聡明なお前が、そんな事にも頭が回らぬか?」



「……っ」


 そうだ。これはこの男1人説き伏せれば済む話ではない。


 国として。国民の皆に知らしめる必要がある。


 彼の有用性を。シンセレス国が訴えるように世界へ彼が……ソウルが必要なのだと言う証明をせねばならないのだ。


 だからもし、ここでジャンヌが出張ることがあればそれはソウルの実績にはならない。


 ジャンヌのおかげだと、事実がどうであれイーリストの民はそう思う。


 そうなれば、終わり。


 例えこの王が認めたとしても国民が許さない。


 ソウルは処刑……それを免れたとて立場が危うくなることは明白だ。


「く……」


 ソウルが帰ってきたと言うのに……。この手の届くところにいると言うのに。


 この【聖女】という枷が。【聖剣】という運命がジャンヌのことを縛る。


 自分の置かれた立場がまた私をこうして追い詰める。


 その場で立ち尽くすジャンヌを見て、フレデリック王はため息をついた。


「お前ともあろうものが、男のためにここまでするとは……。所詮力があろうとも、お前はただの女でしかないということか」


「黙れ……!」


 フレデリック王の挑発的な物言いに、ジャンヌは苛立ちを募らせる。


「己が使命とその誓いを忘れ、愚鈍に堕ちるか。そこまであの男に心を奪われたようだな」


「違う……!そんな軽薄なものではない!」


「では、何だと言う?」


 ジャンヌの確信をつくようにフレデリック王は告げる。



「先代イーリスト国総騎士団長アレックス。あの男に全てを託されたお前が己が役目を忘れ、1人の男のためにそこまでする。それを恋慕に狂った以外に何と見れば良い。わしの目にはお前が惚れた男のために暴走しているようにしか見えぬ」



「私が……恋慕に狂うだと……!?」


 フレデリック王の言葉にジャンヌは何故か背筋が凍るような感覚を感じた。


「わ、私が……私が、そのような愚かなことをするものか!この国の未来に彼が必要だと確信しているから私は……!」


「本当にそう思っているのなら、『必ず彼は成し遂げる』『せいぜい楽しみにしているといい』とでも言ってのけると思っていたのだが?」


「……っ」


「先を見据え、堂々たる態度で構えるその姿。それこそがまさに聖女、この国の導き手たる姿だと。わしはそう思ってきた。しかし今のお前にそのような威厳など一切感じぬ。そこまでお主はシン・ソウルにたらしこまれたか」


 そうだ。いつからだ……?いつから私はこうなった?


 冷静になった頭でこれまでの自身の行動を見返す。


 そこには聖女のような高貴な姿なんてない。


 ただ、普通の少女のようではないか。


 感情のままに王に詰め寄り立場を捨てる……?


 国の秩序を守るために討たなければならなかった男を斬れなかった……?


 いや、違う。もっとだ……もっと前からだ。


 何故、私は自身の弱さを彼に曝け出した?


 何故、この国の決まりを捨ててまで彼を受け入れることを決めた?


 私が……私が進むべき道はこれでよかったのか?


 一度生まれた疑念と後悔がジャンヌの中で堂々巡りを始める。


 じわりじわりと、ジャンヌの心を蝕んでいくような……そんな感覚を芽生えさせる。


「私は……何故このようなことを……?」


 ジャンヌは立ちくらみにも似た感覚を感じながらその場でよろめく。


「……」


 フレデリック王はその様をじっと眺めながら告げる。



「だからこそ、お前は今あの男と距離を取らねばならぬ。だからお前をあの男と行かせる訳にはいかん。もう一度お前自身を見つめ直し、お前の本当の志を思い出せ」



「……」


 フレデリック王の言葉にジャンヌは何も返す言葉が見つからなかった。


 彼の、言う通りだと思った。


 私は一体いつからこうなってしまったのか。


 本当の私がどこにいるのか。


 ソウルが……彼の存在が、私の心を揺さぶり私を惑わせると言うのなら。



 もう、私は彼と共にあるべきではないのかもしれない。



「……ハミエルよ」


 フレデリック王は王室の端の方へと目をやる。


「……流石フレデリック王。あなたの目だけはこの私でも欺けませんか」


 すると、闇の中から覇気のない男がそっと姿を現す。


「聖女を連れてゆけ。そして、ジェイガンの代わりにお前が導くのだ。よいな?」


「……えぇ、分かっています」


 ハミエルはそっとジャンヌの肩に手を置きながらフレデリック王に答える。



「……私は、愚かだった」



 いつも凛とした表情を浮かべる彼女は苦虫を噛み潰したように歯を噛み締めながら俯く。


「……いいえ。そんなことはない。あなたならきっと最善の道を歩むことができる。僕達はあなたのことを信じてます」


 力無くよろよろと王室を出るジャンヌの背中にハミエルはそう投げかける。


 そんな2人の様子を眺めながら、フレデリック王はポツリとつぶやいた。



「さてジャンヌ……いや、今そこにいるのはソフィアか。お前はこの先どの道を歩む?」



 その道は栄光に満ちた英雄の道か。


 はたまたそれとは逆の別の道か。


 ここがあの娘にとっての人生の分岐点になると、フレデリック王はそう確信していた。

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