モニカとロッソの決断
「ま、待ってよモニカ!」
ロッソは酒場でペコペコと頭を下げながら料金を支払っ後、1人夜の街を歩くモニカを追いかけていた。
「何ですか?ロッソ。この件について仲間同士で話し合うのは無しとエドワードが言っていたじゃないですか」
モニカは追いかけてくるロッソに容赦なくスタスタと早足で歩み進める。
「そ、そうだけど……!でも、君はどうするんだよ!」
ロッソはモニカの肩を掴みながら叫ぶ。
その声は夜の街に響き渡った。
「い、行かないよね……?だって、行く理由がないじゃないか」
「……」
震える声で、確かめるようにロッソは問いかける。
けれど、モニカはそれに応えない。
「国を捨てるんだよ……?騎士の立場を投げ打つんだよ!?やっと……騎士になれて……やっとここまできて、そんなこと……」
「いい加減にしてくださいよ!」
女々しく語るロッソの手を激しく払いながらモニカは叫んだ。
「それぐらい、自分で決めてくださいよ!私に判断を預けないでください!!男でしょう!?」
「そ、それは……」
モニカは真っ赤な目で叫ぶ。
その鬼気迫る表情に、ロッソは言葉を失った。
「……私は、もう決めています」
「そ、そうなんだ。じゃあ僕もこの国に残……」
「私は、ソウルさん達と共に行きます」
「………………え?」
モニカの言葉にロッソは固まる。
「な、何で!?何でモニカが行くんだよ!?」
「ソウルさんは……そしてエヴァ様は信用に値する方です。きっと2人のなすべき事に意味があるはず。そして、国を渡るには、それに詳しい者が必要になるでしょう」
モニカはかつてシンセレス国へと渡ったという経歴がある。
その際、関係が複雑なシンセレスやヴルガルドについての知見を深めた。上手くシンセレスでもやっていくために。
だからモニカは国同士の内情や関係性に詳しかった。
「私の知識が、必要になる時があるかも知れない。だから私も行くんです」
シンセレスの兵士の力は借りることができない。
だから、私が必要。
シンセレスやヴルガルド、そしてイーリストの情勢に詳しいモニカが。
「そ、そんなの!モニカがやる必要なんてないだろ!?」
ロッソにはその気持ちが理解できなかった。
モニカがそんなことをやるために騎士をやめるだなんて……そんな。
「私は、騎士です。そして、将来は意志のある人形と人々との架け橋になりたい。それが私の目標です」
その場に立ち尽くすロッソに向けて、モニカは決意を固めるように語る。
「そして、あの人のように……かつて私を救ってくれたあの騎士のような、誰かを救えるような存在になりたい。その為に私は騎士になりました。だから私は行くんです」
騎士という立場だからじゃない。目の前の存在を守り、助ける姿に私は憧れた。
きっと、ここでヴルガルドに渡る決断はいつの日か限りなく多くの命を救うことになるだろう。
だから、私は決断した。
「分からない……分からないよ……」
「はい……分からなくて結構です。だから、止めないでください。私には私の道があって、ロッソにはロッソの道がある。それだけのことなんですから。あなたには私と違って家のことがあるでしょう?」
「そ、それは……」
ロッソの家の事情。
確かに僕の家は特殊で、そうおいそれと国を捨てて動けるような立場にはない。
だけど……!
「も、モニカ!頼むよ、考え直してくれよ!僕の方を見てちゃんと話を……」
「来ないでください!」
モニカのそばに駆け寄ろうとするロッソに向けて、モニカは厳しい声を放つ。
その声色にロッソは萎縮してしまう。
「来ないで……ください。今、今私がここであなたと向き合えば……向き合ってしまったら、きっとこの決意が揺らいでしまいます」
モニカの声は、震えていた。
中には嗚咽のような声さえ混じっているようだ。
別に、モニカには家の事情なんて縛りはない。
ドミニカの家は私のせいで壊れ、そして別の道を歩んでいる。
だから、後ろ髪を引かれずにこの国を出る事ができる。
たった1人。
今、モニカの後ろで呼び止める彼の存在以外は。
「だから……行かせてください。このイーリスト国に帰ってきて一緒に騎士となることができたこと、心から嬉しかったです」
「や、やめてよ……これがまるで別れみたいじゃないか」
現実を受け入れたくないロッソはただ震える声でモニカに訴えることしかできない。
「さようなら、ロッソ。また、いつか……もしまた会える日が来たのなら……会いましょう」
夜の闇に消えていく茶髪のおさげ髪。
追いかけたいのに。追いかけないといけないはずなのに。
ロッソの足はまるでそこに縫い付けられたかのように硬く、動いてはくれない。
「い、いやだよ……待ってくれよ!モニカ!モニカぁ!?」
ロッソの叫びは残酷にも人気のない暗い街道に虚しく響き渡るだけだった。