レイの決断
ソウル達が奴隷紋を刻みに消えた後。
イーリスト闘技場はザワザワと騒然となっていた。
ある者は死神について。
ある者は歴史について。
ある者はソウルについて。
この裁判の中で巻き起こった話に、皆困惑しているようだった。
「あぁ……もう、どうなっちゃうんですのぉ」
アルは情報を処理しきれなくなった頭を抱えながら机に突っ伏す。
彼女のうさ耳は彼女の心を表すかの如くゲンナリと垂れ下がっている。
「ははっ。相変わらずソウルはやってくれるよ」
「もう……よくそんな呑気なことを言ってられますわね……」
いつものようにケラケラと笑うレイを見ながらアルはため息をつく。
「でも、ソウルのことをよく知る僕らからすればソウルの言うことはもっともだと思う。【虚無の者】だとか何とかって色々事態はややこしそうだけどさ」
「うーん……確かにそうですわね。でも、私たちは一体どうすればよいんでしょう?」
ソウルがここまで言ったのだ。多分シンセレスのあの人は信用に値するんだろう。
そして覇王の眷属。
身に覚えがあるあのサルヴァンに現れた男ハスター。
人ならざるあの存在も、もしかすると覇王の眷属と関係があるのかも知れない。
つまり、もうこの世界のありとあらゆるところに覇王の手が伸びていると考えれば国同士の協力は必要だろう。
「でも……私達にできることなんて……」
けれど、イーリストの騎士の力を借りることはできないと。フレデリック王がそう宣言した。
なら、アル達にできることなんて何もない……。
「……いいかい、アル」
そんな事を考えていると、ふとレイがそんな事を告げる。
「これから先のことは、ゆっくりと考えて決めるんだ。君にも守らなきゃいけないものがたくさんあるはず。だからその場の勢いとか、他の人がどうだとか、そんなことで決めちゃダメだよ」
「……レイ?」
普段と違い何やら真剣な顔をしたレイにアルは違和感を覚える。
それと同時にレイがフレデリック王に向けて声を上げた。
「フレデリック王!提案があります!」
「レイ!?」
「何だ貴様は!?口を慎め!!」
「見習いのくせに、生意気な奴め!王に言葉を放つなど分不相応もいいところだ!恥を知れ!!」
フレデリック王を囲む騎士達がレイに向けて激しいバッシングを送る。
けれど、レイは引かなかった。
「私は、彼シン・ソウルの提案に同意見です!この国とシンセレス国は共に驚異に立ち向かうべきと、そう存じます!!」
「黙れと言っている!聞こえんのか!?」
「レイ……!ダメですわよ!」
再び騒然となるイーリスト闘技場。
一体何をしようと言うのかと、アルは戸惑いを隠せないままにレイの手を引く。
「静まれ、ウォルト」
「し、しかし……」
そんなレイの言葉を聞いて、フレデリック王は口を開く。
「発言を許可する。話してみよ」
「……はい、それでは恐れながら進言させていただきます」
フレデリック王に答えながらレイは言葉を続ける。
「私は彼の言うように、国同士の同盟をすべきと考えます」
「ほぅ……ならば、ここでシンセレスとの同盟を決めてしまえと……お主はそう言いたいのか?」
「いいえ、そうではありません」
それじゃダメだ。確かにそれができれば1番いい。だけどそれは不可能。
「陛下のおっしゃる通り、先にヴルガルド国との同盟をせよという提案、ごもっともと思います。同盟するだけが終わりではない。その先も考えた時にはそれが確かに懸命かと……私もそう考えます。そこで……」
だから、妥協点を探す。
こちらが提案できる最高の妥協点、それは……。
「彼1人でヴルガルド国に行かせるのはいささか酷が過ぎる。ですので、この私ベルト・レイ。彼と志を同じくした私も共にヴルガルド国へ向かいたいと、そう考えております!」
「ほぅ……」
フレデリック王は思案する。
確かこの男、件のシン・ソウルと同じ騎士団に所属する者だったか。
「つまり、イーリスト国の騎士であるお主もシン・ソウルに協力できるように譲歩を……ということか?」
「はい、流石は陛下。その通りでこざいます」
なるほど。こやつ、面白い男だ。
頭が回るな。
あの男の主張の正当性を主張しつつ、こちらが譲歩できる最大限を探ってきおる。
しかし……。
「ならぬな。これは国同士の交渉。故にその我の配下となる騎士がそれに介入するなどはもってのほか。示しがつかぬ。諦めるのだな」
そう、これが答え。
フレデリック王が決めた事を、一介の騎士如きが覆せるはずもない。
そこまでは頭が回らないか?
しかし、レイはそれを見越していたようにニヤリと笑う。
「そう……つまり、私が陛下に忠誠を捧げる騎士である以上は彼と共にヴルガルドへ行くことはできないと……そう言う事でございますね?」
「……うむ、その通りだ」
再三確認するようにレイは告げる。
「ならば、私はこの国の騎士を辞めます!一介の一市民として彼に協力するというのであれば、問題ないと……そう言う捉え方をさせていただいてよろしいと言う事ですね?」
「ちょっ、レイ!?」
隣で聞いていたアルが度肝を抜かれる。
騎士を…辞める!?
「ほぅ……面白いことを言うわ、この小童め」
レイの提案にフレデリック王は再び興味深そうに告げる。
「だが、ならぬな。一国民だろうが貴様はイーリスト国の人間。故にその決定には従ってもらう」
「でしたら、私はこの国を捨てましょう。放浪人としての私ならば構わないでしょうか?」
話がとんでもないところまで飛躍してしまう。
国を……捨てる!?
「滅多な事を言うものではないぞ、小僧。そこまでして貴様に何の意味がある?」
「簡単な事。僕の信じる騎士は己が信じるもののために戦うもの。そこに役職や立場など関係ないのです」
フレデリック王の問いかけに、レイは胸を張って答える。
「私は、彼と共に戦い歩んできた!彼のことを誰よりも信用している!だからその彼が必要だと言うのなら私も同意見だ!だから私も彼と共に戦いたい!この国のため……そしてひいてはこの世界を守るために!だからフレデリック王、私は提案する!!彼と共にヴルガルド国へと渡る!そこでシンセレス国とヴルガルド国の同盟を実現させてみせる!!それができなかった暁には彼と共にここでこの首を捧げよう!!どうかこの僕を彼と共に行かせてくれ!!」
イーリストの国民の眼前でレイは宣言する。
ソウルと共に行く事を。
そして、彼とその運命を共にする事を。
「……ふっ。いいだろう」
そこまで覚悟を決めているか。
ならば面白い。
「ならば好きにせよ、ベルト・レイ。もしお前達がヴルガルド国との同盟を成功させた暁にはこの国に戻ることも許可する。ただし、貴様達が失敗したその暁にはここでその首をはねさせてもらう。それが条件だ」
そう言ってフレデリック王は叫ぶ。
「他にも、シン・ソウルと同じ業を背負い、それでもなおついて行きたいと望む者は名乗り出るが良い!シン・ソウルと共にヴルガルド国に渡ることを許そう!」
これは余興。
無理難題を叩きつけられた男がどういう道を歩むのかを見る遊び。
例えそれが上手くいこうがなかろうが、イーリスト国に致命的な損害はない。むしろどちらに転んでも構わない。
面白い。【虚無の者】……【起源召喚士】。
先代の国王達から代々伝えられて来たその伝説の存在。
それが本当にあの琥珀色の瞳ならば、やってみせてみるがいい。
「レ……レイ……」
そのレイの姿にアルはカタカタと震えることしかできない。
「いいかい?アル。君は君の道を行くんだ。君には守らなければならないものがある。流浪の身の僕と違って。だから、僕と同じ道を歩まなくていい。僕には何もないから。どんな道を選んだって恥ずべき事じゃない」
群衆に聞こえないような声で、レイは告げる。
「だからどうするべきか、しっかり考えてくれ。プライドとかそんなもので答えを出しちゃダメだ。君の心に聞いてくれ。僕も……そしてソウルも、きっと君の選択を尊重する」