約束
暗い通路を歩いていくと、1つの小さな扉があった。
そこを開くと地下へと続く暗く冷たい石階段が口を開く。
他の騎士達の話を聞くと、どうやらかつてこの闘技場で奴隷達を戦わせる【コロシアム】という娯楽があったらしい。
その名残でこの闘技場の地下にも奴隷紋を刻む設備が残されているそうだ。
暗い階段を降りていくと、そこに小さな岩の小部屋が現れた。
早速同行していた魔道士達は奴隷紋を刻むための準備を始める。
「シェリー……」
「何も、今すぐに死ぬわけじゃない。安心しなさい。私はあなたの道具になるだけ。しっかりと私を使ってくれればいい」
「……そんなの、できるかよ」
吹っ切れた様子で語るシェリーにソウルはそう返す。
「俺にとってシェリーは尊敬してる姉弟子だ。道具だなんて言うなよ」
「……っ」
ソウルの言葉にシェリーは驚いたような顔をする。
「……やはり君は変わっている。こんな私を尊敬するなど。お世辞なんていらないぞ」
「ううん。本心だ、尊敬してるよ」
徐々に形を成していく奴隷紋の魔法陣を眺めながらソウルは告げる。
「ちゃんと……シェリーは自分と向き合ってる。俺はまだ、自分の過去とすら向き合えてない。6年前のあの日から、俺はずっと逃げ続けてる」
「……君の、孤児院のことか?」
そう。孤児院のこと。
召喚術に目覚めたソウルを拒絶した孤児院のみんな。
そして、俺が【虚無の者】だってことを知っていたシルヴァ。
それらと向き合うことが怖くて……まだ俺は一度だってツァーリンに帰っていない。
そして、この国で騎士になったあの2人ともまだちゃんと話をできていなかった。
ずっと、怖くて怖くて、逃げ続けているんだ。
「だから……ちゃんと向き合ったシェリーは強いよ」
「向き合わせてくれたのは君だろう」
「そんなの、ただのきっかけだよ」
そうだ、ただのきっかけ。
その後罪と向き合う事を決めたのは紛れもないシェリーの選択。
こうして茨の道を押し通してでも罪を背負う事を決めたのはシェリーの強さだと思う。
「……なら、ソウル。1つ約束をしましょう」
「約束……?」
シェリーはソウルにふとそんな事を告げる。
「このヴルガルド国の件が片付いて、そしてイーリスト国に君が帰ることができるようになったその時……君はツァーリンに帰るんだ」
「……っ!?」
シェリーの提案にソウルは身体がこわばるのを感じる。
ツァーリンに……帰る……?
「君が、私に過去と向き合うきっかけをくれた。なら私も君に同じ事を返したい。」
「で、でも……」
ソウルはシェリーの提案に弱気になる。
怖いのだ。
拒絶されることが……そして、シルヴァが俺のことを利用していたのだと言われることが。
「安心しなさい、ソウル」
俯くソウルの顔をシェリーはその両手でそっと持ち上げる。
そして、その森のように優しい深緑の瞳がじっとソウルのことを見つめた。
「あなたは強い。あなたが私を尊敬してくれるように、私もあなたを尊敬している。きっとあなたならどんな現実だって乗り越えていくことができるはずだ」
「シェリー……」
そしてシェリーはソウルのことを優しく抱きしめる。
それを皮切りにソウルの琥珀色の瞳からポロポロと涙がこぼれ落ちた。
「やっぱり、意外と泣き虫だな君は。大丈夫、私がそばにいる間は私が君を守る。だから安心しなさい」
「……あり…がとう。シェリー」
姉弟子の温もりを感じながらソウルはそっとシェリーの身体を抱きしめ返すのだった。
ーーーーーーー
「…………」
ソウルとシェリーのやり取りを見ながらシーナは俯く。
何を……やっているだろう私は。
シーナはただその場に立ち尽くしながら自分の無力さを呪う。
私は、ソウルのそばにいる資格なんてあるんだろうか?
私は、ソウルにとって必要なんだろうか?
私は……私はソウルにとって……。
「……何、なんだろう」
胸を抉るような痛みを堪えながらシーナはギュッと胸を抑えるのだった。