シェリーの申し出
とんでもない事態になった。
俺だけの力で、ヴルガルド国とシンセレス国に同盟を組ませる……!?
いや、そりゃ確かにエヴァ達に任せ切るつもりはなかったさ。でも……何の権力もない俺だぞ!?
ってことは、俺単身でヴルガルド国に行って、同盟を組んでもらえるように頼み込むってことか!?
「やばい……」
ソウルは冷や汗が止まらない。
だって、ヴルガルド国って絶えず他の国と小競り合いをしまくってる武装国家だろ?
そんなところに単身乗り込むような事をすれば、最悪殺される。
それを、ソウル1人で身を守りなさいと言っているような物なのだから。
「……待ちなさい、フレデリック王」
絶望に打ちひしがれるソウルの横で、これまで沈黙を守ってきたシェリーがふと声を上げる。
「彼に協力できる人間は、イーリスト国……そしてシンセレス国に所属していない人間……そう言うことですね?」
「ふむ……そう言うことになるな。もっとも、そんな変わり者がそういるとは思えぬが……」
「そうですか……ならば」
そこまで確認したシェリーは鋭い眼でフレデリック王を見上げながら告げる。
「私が行こう。彼と……ソウルと共に。それならば、何の問題もない。違いないな?」
「なっ!?」
「ほぅ……」
シェリーの申し出にソウルは目を丸くする。
「ふ、ふざけるな!そんなこと認められるはずもないだろう!」
そう叫ぶのは当然イーリスト国の騎士達。
「それを出汁にして逃げるつもりだろう!?国王陛下!こんなこと許してはなりません!」
無理もない。だってイーリスト国にとってシェリーは前代未聞の大量殺人鬼。
そんな彼女を言わば自由の身にするというも同義な申し出なのだから。
「当然、ただとは言いはしない。何の楔もなく私を牢から出すのなどあなた方イーリスト国にとっては許し難い事だろう。そこで提案がある」
そんな騎士達の反応を見越していたようにシェリーは言葉を続ける。
「私に、奴隷紋を刻め。主人はここのシン・ソウル。それならば何の問題もないだろう」
「いぃっ!?」
まさかのシェリーの提案にソウルは素っ頓狂な声を上げる。
「ま、待て待て!?俺はそんなことやりたくない!奴隷だなんて……そんなの」
「安心しなさいソウル。これはただの抑止力です。奴隷紋を刻めば私はソウルに逆らうことはできはしないし、逃げることもできない。それに奴隷紋を刻まれた奴隷は主人が命を落とした時に死ぬようになっている。つまり一蓮托生だ。どの道あなたが命を落とすのならば、私もこの場で首を斬り落とされることになる。だから構うことはないでしょう」
「そ、それは……そうかも知れねぇけど……」
「それに、あなたは私を討ち倒した。あなたになら私は奴隷にされても構わないと思う」
そう言いながらシェリーはフレデリック王の次の言葉を待つ。
「い、いけません国王さま!これは何かの罠です!!」
イーリスト国の騎士達がフレデリック王に抗議の声をあげる。
「ふっ。面白い」
だが、フレデリック王はそれらを一蹴する。
「よかろう。認めてやる。シン・ソウルもヒコノ・シェリーも言わばこの国にとって立場は同じ。ただし、条件がある」
そう言ってフレデリック王は告げる。
「それを成したとて、お前がこの国で行った蛮行が消えるわけではない。もしこの戦い……覇王の眷属との戦いが終わったその時は、お前の命を持ってその蛮行の責任を取れ。それを約束すると言うのならその提案を認めよう」
「なっ……!?」
フレデリック王の言葉にソウルは言葉を失う。
「……構わない。元々私はそのつもりだ」
「ま、待てよ!勝手に話をすすめんなよ!?」
これは事実上シェリーの処刑宣告。
そんな事、ソウルが許せるはずもない。
けれど、そのソウルの反応も分かっていたようにシェリーは微笑む。
「いいんだ、ソウル。元々決めていた事だ。私は取り返しのつかない事をしてしまった。私が命を奪った騎士達が本来守るべきものを私が守る。そして、全てが終わったその時はこの命を持ってその罪を償う。それが私が私の罪と向き合う唯一の方法だ」
「で…でも……」
「向き合わせてくれ、ソウル。あのジェイガンが私にしたのと同じように、私も自分の罪と向き合いたいんだ」
「……っ」
シェリーのまっすぐな想いを受けて、ソウルは何も言えなくなってしまう。
「……」
その様子をフレデリック王はじっと見つめる。
そうか、本当の意味でお前は改心したか死神よ。そしてそれを成したのはそこにいる男……シン・ソウルということか。
やはりお前は面白い男だ。
ディアナ教のいう【虚無の者】。やはりお前がそうなのか。
「……よし、ならばその盟約も奴隷紋に刻む。それを刻めばお主はその運命からは逃れられん。その命が消えるその時まで奴隷紋の効果は有効だからな」
「ふ、フレデリック王……!」
「構わない。むしろそうしてくれ」
そう言ってシェリーは覚悟を決めたように頷く。
「ではこれよりヒコノ・シェリーに奴隷紋を刻む。各自反論はないな?」
「…………」
イーリスト国の者からしても、シェリーが確実に殺されると言うのなら、使えるだけ使ってから処刑した方がいいだろうと、そう思っているのだろう。
けれど、そこに葛藤がないかと言えばそれは嘘になるはず。
だから、フレデリック王の問いかけに帰ってきたのは沈黙だった。
「……異論はないようだな。それではこれよりヒコノ・シェリーへの奴隷紋の儀式を執り行う。こやつらを地下へと連れてゆけ」
フレデリック王の言葉を聞いて複数の騎士達がソウルとシェリーを取り囲む。
「……っ」
シーナはたまらずソウルを庇うように刀を構える。
「……いいよ、シーナ。刀を下げて」
「でも……!」
その目は不安の感情で満ち溢れ、今にも壊れてしまいそうだとソウルは感じた。
「よし、ではそこの聖剣使い……シーナと言ったな。お前がそやつらを逃げぬように見張っておけ」
「……っ!?で、でも」
「一応言っておく。もし抵抗などしてみろ?その場でお前たちの死は決まる。くれぐれもおかしな事は考えぬようにな」
「……は、はい」
やがてシーナは朧村正をしまい、俯きながら頷く。
こうしてソウルとシェリーは前方の闘技場の出口へと連れ出されることになった。