イーリスト城、再び
遠くにそびえる巨大な城と、それを取り囲むように並ぶ城壁。
黒髪を揺らす琥珀色の瞳をした青年は馬車からそれを眺めていた。
2ヶ月前までは見慣れたその光景なのに、今こうして見ると懐かしくてたまらない。
あぁ……帰って来たんだ、本当に。
「いよいよですね、ソウル様」
「あぁ」
ソウルの隣で神妙な顔をしたマコがぐっと息を呑む。
当然だろう。あそこに向かえばどうなってしまうのかなんてこと、誰にだって分かりはしない。
だけど、行くしかない。強大な敵と戦うため、大切なものを守るために、俺は……シン・ソウルはここに舞い戻ったのだ。
「ソウル」
そんな決意を固めていると、ソウルと向かいに座る金髪蒼眼の青年が声をかけてくる。
「大丈夫だよ、僕らがついてる。何かあった時は僕らに任せて」
「悪いな、ヴェン……お前にまでこうして来てもらうことになっちまって」
「ははっ。今更そんなのはなしだよ。君を助けにシンセレスに渡った時からもう覚悟は決めてるさ」
「もちろん、私もですよソウルさん。何でも頼ってくださいね」
ソウルの帰還に際して、ヴェンとエリオットもこうしてついて来てくれることになった。
正直、イーリストにヴェンを連れてくることでヴェンの将来が心配だが、交渉で彼の存在が重要になってくるとエヴァが言っていた。
ヴェンもそれを了承して今ここにいる。
「……頼りにしてるぜ」
頼もしすぎるぐらいの友に心強さを感じながらソウルはふとマコの向こうに座る少女に目を向ける。
「……」
シーナは相も変わらず黙りこくりながらじっと窓の向こうのイーリスト城を眺めていた。
クトゥグアとの戦いを終えてからというもの、ソウルはシーナとろくに会話をしていない。
こちらから何度か声をかけたが完全に上の空といった感じで生返事が返ってくるだけ。
まぁ、シーナのことだから……と、しばらくそっとしておけばその内話せるようになるだろうと思っていたのだが……。
「……」
その結果がこれだ。
気づけばシーナはあからさまにソウルのことを避けるようになっていた。
俺何かしたか……?
ソウルの足りない頭を捻ってみるが、何も答えなんて出てきはしない。
話しかけてもスルーされるし……うーん。
「……あの」
そんな風に頭を悩ませるソウルにふと、エリオットが口を開こうとする。
「エリオット」
けれど、そんな彼女にシーナが視線を送る。
「……う、うん」
何かを言おうとしたエリオットは少し逡巡した後、小さく肩を落とした。
「……?何だ?」
「……別に、なんでもない」
「なんでもないことないだろ。言いたい事があるなら言えって」
「……別に、ソウルに言うことじゃないし」
シーナのその言い草にソウルは少しムッとする。
そんな言い方ないじゃないか。
もう一度、ソウルはそっぽを向くシーナに向けて口を開こうとした、まさにその時。
「待たせたな、ソウル殿!到着だ!」
快活な声と共に馬車の扉が開かれると紫の髪をたなびかせたアランが中を覗き込んでくる。
「「「「……………………」」」」
凍りつく馬車の空気。
それを見て目を丸くするアラン。
「な、何だ?また私は何かやってしまったか?」
あ、自覚できるようになったんですね。
そんなアランの小さな進歩に少し関心しつつソウルはため息をつくのだった。
ーーーーーーー
馬車を降りるとそこはイーリスト城下町を取り囲む城壁の門だった。
門の前には厳戒態勢がとられた騎士達が武器を構えながらソウル達を出迎える。
「やれやれ……いくら毛嫌いしているとは言え、もう少し隠すことはできんのか」
そんなイーリストの騎士達を見てアランは深いため息をつく。
「仕方ありません。何せこちらの面々は彼らにとっては恐怖そのものなのでしょうから……」
そう言いながらエヴァはもう1つの馬車から降ろされる魔封石でできた牢に目をやる。
「……っ」
その瞬間。イーリストの騎士達に戦慄が走った。
金髪に森のように深い緑色の瞳。そして特徴的な長い耳をした少女。
かつてこのイーリストを恐怖の渦に飲み込んだ連続殺人鬼【死神】。
この国の象徴聖女ジャンヌをも打ち倒したその恐ろしい悪魔の存在は騎士達の心に深い恐怖心を刻んだ存在。
「この……悪魔め……!」
それと同時に数多くの騎士から恨みを買った存在でもある。
魔封石の牢を運ぶ役目を与えられた中年の騎士は牢の格子をガァンと蹴りつけると中のシェリーに睨みを効かせた。
「よく帰ってこれたな……今すぐにでも貴様を八つ裂きにしてやろうか……!」
「っ!やめ……」
「ダメです、ソウル様」
そんな言葉を浴びせられるシェリーを見ていられずに思わず口を挟もうとするが、隣のマコに止められてしまう。
「ソウル様が今出れば、これから先の交渉は上手くいかなくなります。ここはどうか堪えてください」
「……っ、でも」
そう。今のソウルの立場ははっきり言ってとても複雑だ。
ソウルは禁忌の魔法使いであると同時にこの死神シェリーを討ち倒した騎士でもある。
イーリストでの交渉を有利に進めるためには、後者の武勲を交渉の材料にすることが必要。
だからこそ、そんな中でソウルがシェリーを庇うようなことがあれば後者の立場が危うくなる。
「死神とシン・ソウルは繋がっていた」などと言う噂でも流れてしまえばソウルはこの国では異端の魔法使いという立ち位置となり交渉なんてできる余地もない。
だから、ソウルはシェリーを庇えない。あくまで、シェリーを倒した立場の人間としての立ち振る舞いをしなければならない。
「……」
シェリーはそんな風に奥歯を噛むソウルを見て、一瞬だけフッと微笑む。
その目が語っている。
それでいい、と。あなたはその振る舞いを貫きなさいと言っている。
「下がりなさい。確かに彼女はこの国では大罪人かもしれません。けれど、捕虜を虐げるような仕打ちは許可されていないはずです。恨むなとは言いませんが、今ここで彼女に危害を加えようなどと浅薄な考えを行う者には私達もそれなりの対応をします」
黙り込むソウルの代わりにエヴァが怒恨に駆られる騎士達をつゆばらいする。
そして、歯痒い思いを抱えながらも、ソウル達はイーリストの城下町へと足を踏み入れた。