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オリビアの料理

 夜が更けてきたころ。


 みんなのお酒も進み、みないい感じになってきたようだ。


 先程まで話をしていたヴェンは少し離れたところで座るエリオットとシーナに声をかけにいっている。


 当のソウルはそんなヴェン達を遠巻きに眺めながらゆったりとした時間を過ごしていた。


「さて……ソウルさん」


 酔いの回った頭でボケーっとしていると、ふと真っ赤になったオリビアがソウルの隣に腰掛けてくる。


「飲んでる?」


「あぁ。飲んでるよ」


「そ、そう?それじゃあ……あの、その……」


 じっと顔を覗き込むように見つめてくるオリビアにソウルは応える。


 何だ何だ?


『まずい!まずいぞソウル!!』


 そんなオリビアに小首を傾げていると、突如心の奥から切迫したレグルスの声が聞こえてくる。


 やばい?一体何のことだ?


『いかん!逃げろ!危険が……これまでで1番の強敵が……来る!』


 いや、待て待て。流石に何も感じねぇぞ?安心しろってそんなやばいことそうそう起こるはずが……。





「私、ソウルのためにご飯作ってきたの!食べて!!」






 オリビアの…料理……?


『あぁ……遅かったか……!』


 心の奥で響くレグルスの絶望した声と同時に差し出されたのは1つのバスケット。





「はぁぁぉぁぁあぅぅう!?」





 変な声が出た。


 しまった……マルコに言われてずっと警戒してきたのに。酒も入って油断した!?


 カタカタと震えながらチラリとエヴァの方に目をやると、申し訳なさそうに目を伏せている。


 ごめんなさい。止められませんでした……と、その目が語っていた。


 ま、待て……まだ終わってない。諦めたらそこで負ける!最後の最後まで戦うんだシン・ソウル!


 腹がいっぱいだとか、何とでもうまいこと理由を作って躱せばいい!それで何とかこの迫りくる脅威から逃れ……。



「その…食べて、欲しいな……。頑張って、作ったから、嫌だったら無理しないでいいけど……その、食べてくれたら……嬉しいなぁって」



 真っ赤な顔で告げるオリビア。それはお酒だけのせいではないようだ。


 ……あ、これ終わったわ。


 健気に告げるオリビアの姿を見て、ソウルは逃げ道などがないことを悟る。


 彼女のこの優しさと懸命さを受けて、逃げられる男などいるなら教えてほしい。そんな真似ができる奴は男じゃない、外道だ。


「……………………ハイ」


 恐怖で声が裏返りつつも、ソウルは肯定の言葉を絞り出す。


 お、落ち着け。そうだ……考えてみろ、たかが料理じゃないか?


 例え不味かったとしても、何とか飲み込んで……そして、言ってやればいい。「おいしい」と。それで全て丸く収まる。


 行け、騎士ソウル!お前にならできる!


 数々の敵を倒してきたお前が料理なんかに負けるわけがないだろう!?目の前のバスケットぐらい、お茶の子さいさい、やってやれ!



 パカリ(バスケットを開ける音)


 ドロリ(現れた紫色のドロドロした液体)


 ダッ!(ソウルが逃げ出す音)



「そ、ソウル!?」



 待て待て待て待て!?聞いてない……聞いてないよ!?


 何だあれ!?カレー!?シチュー!?何をどうやったらあんなに禍々しい物体が錬成されるんだよ!?何入れたんだ!?


 『料理』という概念を越えた神の皿に一同は戦慄する。


「お、オリビア……あの材料で一体何を作ったの?」


「え?オムライスだけど?」



「「「「「オムライスぅ!?」」」」」



 何ということでしょう。あの米をケチャップで炒めて味付けしたチキンライスの上に卵を乗せる。そんな簡単な工程のあの庶民の料理が、まるで闇を蠢くスライムに。


 待て、あれ固形物だったのかよ!?溶解してんじゃねぇか!?


「で、でもソウルさんもたくさん食べてましたもんね!もうお腹いっぱいなんじゃないですか!?」


「そ、その通りだなエヴァ様!それに夜も更けてきたしそろそろお開きにしてもいいかもしれん!」


「あ、あー!パメラもそろそろ帰ろうかなぁって思ってたところなのぉ!」


「……っ(コクコクコクっ)」


 ソウルに迫る命の危機に、すかさずエヴァ達が助け舟を出してくれる。


 あ、あぁ!ありがとう!あんた達は命の恩人だ……!


「そ、そっか……じゃあ仕方ないか。このオムライスは帰りにみんなで……」



「「「ソウルさん(くん)(殿)、せめて最後にオリビアのそれを食べてあげてくれ」」」



「み、みなさぁん!?」


 薄情者ぉおおおおおおおお!?!?


 爽やかなまでの手のひら返しを決めて笑顔で告げる4人。


「そ、それじゃあ……どうぞ、ソウル!」


 そう言ってオリビアは再び愛と勇気を込めた絶望と毒に満ちるオムライスの入ったバスケットをソウルに突き出す。



「…………」



 あれぇ?変な汗が、とまんねぇや。


 けれど、もう退路は絶たれた。


 ソウルに残されたのは前進することだけ。


 やるしかないんだ……この目の前に現れたかつてない強敵(オムライス)を相手に、戦うんだ。


 オリビアの気持ちと、そしてみんなの命を守るために。



 さぁやれ!シン・ソウル!!




 パコリ(バスケットを開ける音)


 ギョロリ(オムライスが蠢く音)


 ダッ!(ソウルが逃げ出す音)



「ソウルさん!?」



 動いた!今動いたよ!?このオムライス!?


 これを食べたその時はこのソウルの終わる時。本能がそう告げている。


「逃げちゃダメですよ?ソウルさん。せっかくオリビアが作ってくれたんですから……!」


「もしもの時はパメラの友達がどこまでもソウルくんを追いかけるの……逃げられると思わないことなの」


「……」


 けれど、そんなソウルを阻む3つの影。


 エヴァ、パメラ、アリアの3人はあっという間にソウルを取り押さえると、そのまま元のソファへと押し返す。


「さぁ、ソウル。あーん」


 ひっ、ひいいいいいいい!?


 迫りくる物体Xにソウルは震え上がる。


 何とか口を開けまいと一文字に口を固く閉ざす。


「ダメですよ?ほら、息してくださいね?」


 すると、妙な迫力を持ったエヴァがソウルの鼻を摘む。


 当然ソウルの呼吸は奪われ口を開いて呼吸するしかない。


「ぶはぁっ!?」


 ヒョイっ


 そんなソウルの一瞬の隙をついたオリビアが口の中にスプーンを突っ込む。


 そして……。








「ぎぃやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!!???!?!?」







 夜の宿屋に1つの断末魔が響き渡った。

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