今だけは
あの日から私はただ直向きに武器を握った。
言葉を失い、無口で戦いに明け暮れる私を見て、ディアナ教のみんなは距離を取るようになり、次第に私は恐れられるようになった。
そんな私につけられたあだ名は【夜凪のアリア】。
声もなく、ただ静かに敵を狩るその姿を見てそう呼ばれるようになった。
別に悲しくもない。私に残された想いはみんなの仇を取り、お姉ちゃんを取り戻す。
私は、そのために人生を捧げると誓ったのだから。
「……っ」
ふと、我に返って辺りを見回すとそばにいたはずのソウルの姿がない。
帰ってしまったのだろうか?随分長い間こうしてしまっていたから、申し訳ない。
1人虚しい気持ちにさいなまれながらアリアはスッと立ち上がり、パンパンとスカートについた砂埃を払う。
「……」
また、来るから。これからもっと忙しくなるかもしれないから、遅くなっちゃうかもしれないけど。絶対に帰ってくるからね。
そう思い、墓を後にしようとしたその時だった。
「アリアー!!!」
どこかからか響くソウルの声。
「……っ」
少しびっくりしたアリアがキョロキョロと辺りを見回すと、何やら荷物を抱えたソウルがこちらに向かって駆けてくるのが見える。
ど、どうしたんだろう?
ゼェゼェと息を荒げて四つん這いになるソウルをアリアは首を傾げながら見下ろす。
「だ、大事な人の墓なんだろ?」
そう言ってソウルはゴソゴソと紙袋の中を漁る。
すると、中から現れたのはブラシなどの掃除道具と、水を発生させる水の魔石。
「綺麗にしよう!」
「……っ」
綺麗に?
ポカンとしたままのアリアをよそにソウルは購入してきたブラシと水の魔石で汚れ放題となっている墓石を磨き始める。
「……っ」
そんなソウルの肩を引っ張ってアリアはたまらず首を横に振る。
もう、日も落ち始めてる。
だって、この後料理もしなきゃいけないし忙しい。それに何の関係もないソウルさんにそんな手間を取らせられない。
「そんな細かいことなんて気にすんな!そんなことよりもきっと大切なことなんだから」
そう言ってソウルはごくごく自然に。
まるでそうするのが当たり前のように。
アリアにそっと、手を差し出した。
「…………っ」
「……え?どうした……?」
気がつけば、アリアの瞳から涙がこぼれていた。
分からない。これは一体何の涙なんだろう。
「あぁ、ごめん!ちゃんと優しくするから。墓石に傷なんかつけねぇようにやるからさ」
分からない涙の意味に困惑するアリアの手を取りながらソウルは彼女を側まで引き寄せる。
いつぶりだろう?
こうして誰かに手を引いて貰えたのは。
あの夜、全てを無くした私の手を。
まるで永遠と続く暗い闇の中で、行く手を失ったこの手を誰かが優しく握ってくれたのは。
ペテル様と、エヴァ様と……そして。
「あぁ……こんな所まで苔だらけになっちまって……もうここまできたらとことん磨き上げてやるからな……!」
一心不乱に墓石を磨く黒髪の青年。
その眩しいほどの輝きを放つ琥珀色の瞳から目を離すことができないアリアは、心穏やかにそっと微笑んだ。
まだ、私は甘えん坊だなぁ。
もう、弱さは捨てたと思っていたのに。
……ねぇ、お姉ちゃん。今だけは……今だけは、復讐に燃えるこの命を休ませてもいいかな?
せめて、この手が繋がっているこの瞬間だけでも……。
水に濡れた墓石が、夕日を受けてそっと優しい光を照らしているような気がした。