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アリアの過去21【エピローグ】

 夜が明けた。


 水平線の向こうからはいつもと変わらない朝日が昇る。


 当たり前の光景。当たり前の日々。


 昨日までは、いつもと変わらない1日がまた始まるのだと……母の声を背に受けて、また姉に手を引かれて外に飛び出すあの日々が始まるんだと。そう思っていた。



「…………………………」



「く……」


「酷いの……」



 平和だったはずのココナツ村……いや、ココナツ村だった場所は、もう無かった。



 村の家々はまるで殴り壊されたかのように破壊され、どこを向いても肉塊と、真っ赤に染まった砂が広がっている。


「……すまない。もっと私達が早くここに来れていたのなら」


「…………」


 苦しそうに告げるペテル様に、アリアは答えることもできなかった。


 きっと、このペテル様は……最高司祭様は、できうる限り最速で来てくれたんだろう。


 でなければ、オアシスの守り神である神の鳥と共に現れるはずなんてない。


 だから、ペテル様は……そして村のみんなは何も悪くない。



「…………っ!!」



 どしゃりと膝をつきながら、アリアは泣いた。



 悪いのは、全部私。


 無力で、何もできない私を守るためにみんな死んだ。


 何で……何で私だけが生き残ったの!?


 1番役立たずで、ノロマで。何の取り柄もないこんな私が……どうして!?


 自身の中で渦巻く感情の汚泥を、声と共にぶち撒けようとするけれど。アリアの喉は声を吐き出してはくれない。


「……か……ぁ!!」


 完全に奪われる前だったのだろう。かろうじて蚊ほどの声は出るけれど。それも激痛を伴い長くは続かない。


 悔しい……悔しい悔しい悔しい!!


 全てが……全てが奪われたアリアには、もう何もなかった。



「……一緒においで。アリア」



 泣き崩れるアリアに、ペテルはそっと手を差し伸べる。



「君は今、無力に苛まれているんだろう。けれど、それでも君は生きたんだ。この地獄のような惨劇から……」



 アリアは差し伸べられた手の向こうにあるペテルの顔を見上げる。



「だから、生きよう。君は【魚の召喚術士】。君の身は必ず私が保証する。ディアナの塔の中で平穏に暮らそう。もう十分すぎるぐらい君は傷ついた。これ以上苦しまなくていい」



 傷心した少女。


 確かに彼女は【魚の召喚術士】かもしれない。


 けれど、いくらなんでも酷すぎる。こんなに傷つき全てを失った少女に、世界の運命を背負わせるのは。


 だから、ペテルはアリアに平穏の道を示す。


 立ち直り、新たな人生をやり直せるように。



「…………」



 けれど、アリアは首を横に振った。



「た…たか……う」



 掠れた声で。今にも風に吹かれて消えてしまいそうな声で、アリアはそれでも強く語った。




「あい……つを……殺す……!おね…ちゃん……取りかぇ……す!み…んな……殺した……あいつを……その仲間……殺す……!!」



「あ、アリア……!」



 その顔は怒りという名の炎で燃えあがり、絶望という名の深い闇で染まっていた。そばにいるペテルにさえも怖気を走らせるほどに鬼々迫るものを感じさせる。



 止まれない。あんなものを見せられて。



 必ず、アザトースを……そしてその仲間たちを殺す。



 姉の顔が奪われたあの瞬間から、アリアの中で何かのタガが外れた。


 小心者の、臆病なアリアはあの時に死んだ。


 もう、止まれない。一度燃え上がった炎は、消えない。


 アリアは誓う。


 アザトースを討ち取ることを。そして、それに連なる全ての魔人を殺すことを。



「……そうか」


「ペテル様!?」



 それを見たペテルは、野暮なことは言わなかった。


 きっと、もう彼女を止めることはできない。そして彼女自身にも止められないのだろう。


 だから、ペテルは止めない。


 彼女の選んだ道を、変えることはしなかった。



「正気なの!?この子、まだ子どもなのに!」



「子どもであろうと、戦うことを決めた戦士だ。それを邪険に扱う方が、きっと無礼さ」



 そう言ってペテルはアリアの手を取る。アリアもその手に捕まりながら立ち上がった。


 こんな運命に唾を吐きたくなりながら。


 こんないたいけな少女が戦乱に身を投じなければならない現実に嫌気が差しながら。


 それでも、ペテルはアリアの想いをしかと受け止めた。


「あ…り……と」


 アリアは屍人のようにフラリと立ち上がる。


「……っ」


 その顔は、まるで血に飢えた死霊のような禍々しい笑みを浮かべ、ペテルの後に続く。


 その歪さに、パメラは何も言うことができない。


 そんなアリアを見ながら、ペテルはそっと、小さく呟く。




「いつか、君がその重責から解放され、前を向いて生きていけるように……そんな方向に導いてくれる者が現れることを……切に願う」




 ペテルの願いは海風に攫われ、広い海原へと消えた。

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