アリアの過去19【醜い】
「う…うわぁぁぁぁあ!!!」
アリアは走った。
弾ける姉の姿を見てられなくて。迫りくる死から逃れたくて。
北へ。
オアシスがある方向へと暗い森の中をひた走る。
もう、戻れない。
残されたのは、私だけ。
もう手を引いてくれる人はいない。孤独と不安にその心を砕きながらただただ無心に走った。
何で私は走ってるんだろう。
何で私は必死なんだろう。
何で私は生きているんだろう。
分からない。全てを失って、生きる意味すらも分からないままにアリアはただただ暗闇の中を走った。
あのアザトースには【視力】しかないようだった。
なら、この暗闇の広がる森の中なら見つからないかもしれない。
暗闇に溶け込むように。道を逸れて草木をかき分けながらアリアは走る。
そんなアリアを追うように遠くからアザトースの声が聞こえる。
「ドコダ、ショウカンジュツシ……」
まだ、私を探している。
でも、こちらの思惑通り闇夜の森に苦戦しているのかその距離はまだ遠いように感じる。
だが、当然闇の広がる森は当然アリアにも牙を剥く。
ガッ
「うっ!?」
木の根につまずいたアリアはそのまま転倒し、ゴロゴロと森の斜面を転がり落ちる。
「あっ、ぐっ、あぅ!?」
ドボォン……
そして、アリアは身体中を打ち付けながら泥沼のような池の中に落ちた。
「はぁ…はぁ……」
泥沼の中から重い身体を起こしながらアリアはふと水面に映る自身の顔を見た。
「…………」
月明かりに照らされた水面に映る自分は、一言で言えば醜かった。
泣き腫らした瞳と、心労が祟ってげっそりと顔色も悪い。
そうだ、当然だ。
だって、私のせいで一体何人死んでしまったのだろう?
村のみんな、お父さんお母さん。エアリスにトゥーナ、アンガスとスティング。そして……最愛のお姉ちゃん。
みんな、私を守るために死んでいった。当の私はただ喚き散らして逃げるだけ。
馬鹿げてる。こんな私になんて何の価値もないというのに。私なんかよりも素敵な人たちが次々と死んでいってしまったんだ。
「ふっ…ふふ……あはははは……あははははははははははははは!!!!」
どれだけ自分が罪深い存在か。反吐が出そうだった。
そうだと言うのに……そうだと言うのに……!!
生きていることに、安心している自分がいた。
その事実が更にアリアの心を深く抉った。
私の心は、なんて醜いのだろう。
私なんて、私なんて1番に死んでしまえばよかったんだ。そうすれば、誰も死なずに済んだ。きっとそうだ。
手の中で光る蒼いクナイ。
アリアはそれを静かに自身の首へと向ける。
もう……無理だよ。生きてなんかいけないよ。
誰も私の手を引いてくれない。引いてくれる人はみんな死んでしまった。
もう何もないこんな世界に未練なんてない。
みんなのところに行きたい。
このクナイを押し込めば全て終えられるはず。
そのはずなのに。
それでもなお、心のどこかでアリアが叫んでいる。
生きたいと。
死にたくないんだと。
「……っ」
みんなを死なせてなおもそう願う自分が腹立たしい。
何で私はこうなんだろう。やっぱり、私はお姉ちゃんのようには生きられない。
無力で無様で、矮小な存在。
「ショウカンジュツシ……」
「……っ」
そこに投げかけられる1つの声。
アリアに終わりをもたらす存在。
アザトース。
まさか……このくらい森の中をどうやってここまで?
白い布を被ったシルエットが、月の灯りに照らされて露わになる。
あぁ……終わりだ。これで私も終わろう。
みんなと同じように、私もここで殺されよう。
全てを諦めたアリアは、もう立ち上がることもできなかった。
ただ虚に迫りくるアザトースの影を見る。
そして、現れたのは……。
「……お姉ちゃん?」
いや、確かにそこにいたのはアザトースに違いない。だと言うのに、そうだと言うのに……。
白い布の下には、この10年ずっと追いかけてきた姉の顔があった。
ーーーーーーー
目の前の少女が全身から水泡を放つ。
それを見たアザトースは嘆息した。
またこれか、と。
同じ手を何度も何度も……めんどくさい奴だ。
けれど、確かに唯一取り戻した【視力】だけではあいつを追いかけるのは難しいだろう。
「ーーーーーーーーーー!!」
捕らえた小娘が何か言っている。けれどアザトースには理解できない。
だって、それを聞く耳が……【聴力】がなかったから。
「ーーーーーーーーー」
「あ…が……っ」
なら、やるべき事は簡単だ。
アザトースは捕らえた少女の顔を鷲掴みにする。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!!!」
すると、目の前の少女は断末魔の悲鳴を上げる。
マリアを襲うのは目の奥が……耳の奥が、顔の中心が。まるで何かに抉り取られるような痛み。
そう、視力だけでは追えないと言うのなら、それ以外を手に入れればいい。
あの小太りのガキにしたことと同じ。奪ってしまおう。
この煩わしい娘の目と、耳と、鼻を。
それらがあれば、召喚術士を逃す事はない。追い詰めることができるはずだ。
耳を裂くような痛烈な悲鳴をその奪った耳で聴きながら、アザトースはきっと笑ったのだろう。
「ーーーーーーーーーー」
これで、私の望みは達せられると。
グシャン
全て奪い、吸いカスとなった少女の頭を握りつぶす。
さぁ、これで……これで後はあいつを殺すだけ。
「ーーーーーーーーーー」
そこでふと、アザトースは気がついた。
いけない。1つ奪い忘れたものがあったか。
耳を取り戻したことで彼女はようやくそれに気がついた。
ならば、その忘れたそれは、あの召喚術士からもらうとしよう。