アリアの過去18【これまで】
「いやぁぁぁあ!?スティング…スティングーーーー!!!!!」
弾け飛んだ友の血飛沫を浴びながら、アリアは叫んだ。
「うわぁぁ!!【ファイア・レイ】【ファイア・レイ】!!」
たまらずアンガスは白い布を被る悪魔に魔法を乱発する。
恐怖をかき消すように。そして目の前で起こった地獄が嘘だと言い聞かせるように。
「ーーーーーーーーーーー」
けれど、現実は無慈悲だった。
ビュッ
「え…消え……」
瞬きの間にあのアザトースの姿が視界から消える。
グシャンッ!!
それと同時に響く肉を叩き潰したような生々しい音。
「クェ……」
それが一体何の音だったのか。
アンガスは分からなかった。
ただ、最後に感じたのは硬く冷たい砂の感触と、右目に広がる真っ赤な視界だけだった。
ーーーーーーーーー
残されたのは、マリアとアリアのみ。
「いや……いやぁ……!」
カタカタと震える足にはもう、力も何も入らない。
ただ、ゆらりゆらりとこちらに迫る『死』を呆然と見ることしかできなかった。
もう…もう終わり。
勝てるはずなんかない。逃げられるわけもない。
誰が見ても、運命は決した。
覆りようのない圧倒的なまでの運命。絶望。
アリアはその現実にただ自身を失い、受け入れるしかなかった。
それでもなお、暖かい何かがそっとアリアの手を握った。
「まだよ……」
「お…ねぇ、ちゃん?」
マリアは迫るアザトースを睨みながらアリアの手を引いて走り出す。
「【バブル・ガランズ】!!」
ブワァァア!!
アリア達を取り巻くように展開する水の泡。
それは白牢島の時と同じように再びアザトースの視界を封じる。
「立ちなさい……!立ちなさい!!アリア!!」
引きずるようにアリアを引っ張りながらマリアは叫ぶ。
「あなたは……生きなきゃダメ!!あなたには世界を救える勇者と同じ力があるんでしょう!?だから……だから生きなさい!!」
「お、お姉ちゃんは!?」
もう走っているのか転んでいるのかも分からないけれど、ただアリアは姉の後を追いかけた。
「あいつを……ギリギリまで邪魔する!!すぐに追いかけるから……だから、早くいきなさい!!」
「む…無理だよ!!」
水の泡をいくつも展開しながら走るマリアの背中にアリアは叫ぶ。
「行くなら一緒がいい!!お姉ちゃんが手を引っ張ってくれなきゃ、私は何にもできない!!ねぇ、お願い!これまでみたいに手を引っ張ってよ!!」
私1人じゃ、何にもできない。
みんなが私の手を引いてくれたから、私はこうして生きてこれたんだ。
みんながいないと、私には何もない。だから……だから、これからも私を引っ張ってよ。
優しく手を引っ張って……!
「……ごめんね、アリア」
その優しい瞳に涙を一杯に浮かべたマリアは、これまで見てきた姉の笑顔の中で1番優しく、そして綺麗だった。
「もう私が手を引いてあげられるのは……ここまでみたい」
ドンッ
マリアはアリアの身体を強く引き寄せると、そのまま目の前の森の中に向かって突き飛ばす。
「おねっ……」
「生きて。あなたならきっと……きっと……!」
泣きながら笑う姉の背後に迫る死の手。
アリアはその時、何を思ったのだろう。
分からない。ただ自分の中で大切な何かが壊れるのを感じていた。
いくつもの泡の向こうで、アザトースに掴み上げられるマリアの身体。
それでもなお、マリアは身体から水の泡を撃ち出すのをやめなかった。
アリアのために。この泡の魔法で一度は確かにアザトースから逃げ切った。
少しでも、あの子を……私の後ろでいつも震えてばかりのあの臆病な妹を守るために。
何よりも大切なあの子を助けるために。
姉として、私がしてやれる。最後のことだったから。
「あ…が……っ」
泡の向こうから聞こえる姉の苦悶の声。
やだ……やだやだやだやだやだやだ!!やだぁ!!
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!!!」
「おねえちゃぁぁぁぁあああん!!!!」
グシャッ
淡く揺れる水の泡の向こうで、真っ赤な血の花が咲き乱れた。