アリアの過去13【解放されし空虚な者】
遡ること、数時間前。
彼女は、ただその場に立ち尽くしていた。
何もなかった……いや、正確には全てを破壊された彼女が、1人の子どもから奪った【視力】。それだけでは奴らを全て仕留めることは叶わなかった。
なんの刺激もなく、ただ彷徨うことしかできなかった彼女が唯一感じた物。それは彼女をこんな身に貶めた召喚術士への恨みと、その気配だけ。
それが、これまでただ空虚に時を過ごすしかなかった彼女に意味を与えた。
何がなんでも成し遂げたい想いを……怒りをその身に宿らせた。
だからこそ、奴らを取り逃がしたのは悔しくて悔しくて仕方がない。
あの泡だ。【視力】しかない彼女ではあの泡の向こうにいるガキ達を追いかけることは叶わなかった。
あの視界を遮る水の泡沫が、奴らの逃走を許したのだ。
足りない。まだ、我の力が足りない。
ならば、奪わねば。視力は取り戻した。後は、【聴力】と【嗅覚】。【味覚】と【痛覚】にそして……。
「ーーーーーーーーーーー」
【声】。
しかし、彼女はこの島から出る術を持たない。きっとあの召喚術の力を持ったガキはもう2度とここには来ないだろう。
どうすれば……。
その時だった。
「ようやく見つけました。アザトース」
「ーーーーーーーーーー?」
妙な気配を感じた彼女はふと空を見上げる。
そこにいたのは長身痩躯な浅黒い肌を持つ男。
いや、違う。これは人間であって人間ではない?私と同じその内に秘めたエネルギーを感じる。
「警戒なさるな。私はあなたの敵ではないよ」
男が何かをしゃべっているようだが、聴力を持たないアザトースには理解できなかった。
「ーーーーーーーーーー?」
「あぁ、そうか。今あなたは全てを奪われて耳も聞こえず言葉を発せないのでしたね。その顔を見るに、視界だけは取り戻したようですが」
言葉は分からないが知識人のような立ち振る舞いをするそいつに敵意はない。ならば、一体なんの用なのか?
「ふむ、分かりますよ。あなたは今、その身にたぎらせる怒りに満ちている。利用された挙げ句に全てを奪われ、そして幽閉されたあなたの怒りは止まることを知らない……」
ゆらりゆらりと歩きながら男は語る。
あぁ……なんなのだろう。よく分からぬが……。
ブンッ!!
彼女……アザトースは男に向けて強烈な拳を放つ。
怒りの吐口として。召喚術士を逃したアザトースは気が立っていた。
「おっとぉ。危ないですね」
けれど、男はヒラリと踊るようにその身を翻して回避。アザトースの一撃は空を切った。
「そうですね。やはり知能は低く、五感もない。これではコミュニケーションも取れない……ならば」
そう呟くと男はパンと白い牢屋のような島の壁へと手をつける。
「【黒洞】に【破壊】のマナ。【アース・ブレイク】」
ゴッ!!
すると、激しい破裂音と共に白牢島の白い岩壁に深いヒビが走る。
何を……?まさか……まさか!?
その光景にアザトースは歓喜にも似た感情が湧き上がる。
「さぁ、解放の時です。ゆきなさいアザトースよ。その衝動の赴くままに、お前が憎む全てのものを破壊するといい」
アザトースにはこの浅黒い男が何を言っているのかは分からなかった。
だが、こいつがこの島に囚われるしかなかった自分を解放してくれたことだけは分かる。
ついに……ついにこの時が来た。
囚われた私が再び世に出るこの瞬間が!
「ーーーーーーーーーーー」
アザトースは衝動のままに風穴の空いた岩壁を超え、残された小さな気配を辿る。
感じる……召喚術士の気配を。
あの小さな女のガキ。奴だ。間違いなく奴には召喚術士の力がある。
「ーーーーーーーーーーー」
この手で、奴を殺してやる。
いや、奴だけじゃない。この世に存在する召喚術士と名のつく全ての者を壊し、駆逐してやるのだ。
召喚術士に向けられた殺意を原動力に、アザトースは行動を開始した。