アリアの過去11【魚の召喚術士】
交信を終えた村長はアリアの家族と、そして村のみんなを村の講堂へ招集した。
一体何事かと、呼び集められた村民はザワザワとしている。
「よく聞くのじゃ、皆の者よ!」
やがて、村長がみんなの前に現れ声を張る。
「村長、一体何の騒ぎなんです?私たち夕飯の支度があるのですけれど」
「そうだそうだ!折角仕事終わりでみんなで飲んでたってのに……大した用じゃなけりゃ承知しねぇぞ!」
矢継ぎ早に投げかけられる野次に村長は深く息を吐くと、ギンと鋭い目を光らせて告げる。
「白牢島の、アザトースが目覚めた」
「………………っ」
長老の言葉に、先ほどまで騒がしかった講堂の空気が一瞬で凍りつく。
「嘘だろ……?」
「わしも、信じたくないが事実じゃ」
どこからともなく聞こえてくる絶望に染まった問いに、村長は答える。
「何で!?あんなもんただの伝説だろ!?あいつが動くところなんて見たこともない!!」
「そうよ!何があいつを目覚めさせたって言うの!?」
ココナツ村のみんなはほぼ全ての者がその目でアザトースを見たことがある。だからこそ、信じられなかった。
あのただ佇むだけの存在が……身動き1つとることもなかったあの化け物が、活動を開始しただなんてこと。
「伝承では、奴はその知能も五感も全てを失っていると伝えられている。そして、そんな奴が唯一抱く強い感情……それは召喚術士への恨みだと言われておる」
「召喚術士……。あの伝説の?」
確か1000年前に覇王を討ち倒した伝説の勇者達。
それが召喚術士。
このシンセレスで神聖視される力の持ち主だ。
「だが、それが今なんだって言うんだ!?」
そう、だからなんだと言うのか。
それとアザトースが目覚めたことに一体何の因果があると言うのだろう。
そんな混乱する彼らの前に村長はそっと1人の少女を呼び出す。
「あ、アリア……?」
そこに現れたのは、魔法が使えないと村の中で少し有名な内気な女の子。
彼女は何事かと心配そうに村長と姉の顔を見比べる。
そんなアリアに村長は問いかけた。
「アリアよ。お主はあのアザトースの声を聞いたのじゃな?」
「え……う、うん」
あの凍る様な無機質な声を思い出しながらアリアは頷く。
間違いなく、あの声はあいつ……アザトースから発せられていた。
核心に触れるように村長は頷く。
「奴は魔人……いや、それよりも上位の存在。奴の起源は召喚術……そして意志を交わせるのは召喚術の力を持つ者と言われておる。つまりじゃ……」
「つ、つまり?」
「お主には、召喚術士としての力が眠っておる可能性が高い。このココナツ村は初代【魚の召喚術士】【セッテ】様の子孫が作り上げた村。故にこの村では稀に召喚術士へ目覚める者が生まれることがある」
「ま、待って!?私、そんな力なんてない!その召喚術どころかみんなみたいに人魚の姿になることもできないんだよ!?」
そう、私は落ちこぼれの人魚。人魚の姿にすらなれないなりぞこないなんだ。
そんな私が、召喚術士?この国で伝説の勇者と同じ力を持つ存在?そんなことあるわけがない。
しかし、それでも村長は首を横に振る。
「それも、1つ証拠なのじゃよ。本来純血の人魚の血を持つ者は必ず人魚になる力を持って生まれる。お主が4歳の時に外の人間と子を成しイーリスト国に行ったリーベがおったじゃろう?あの子のように人の血が交わった子どもには人魚の力が目覚めないことがある」
「リーベお姉ちゃん……」
かつてアリアの家の近くに住んでいた優しいお姉さん。
優しく、そしてクリッとした丸い瞳が印象的な可愛らしい人だった。
かつて村のみんなの反対を押し切って、村の外の人間と駆け落ちしたことは大きな事件だったことを幼いながらにもよく覚えている。
「しかし、お主は違う。お主の家系は紛うことなき人魚の血を受け継ぐ一族じゃ。伝承では召喚術士として生まれた者は純血の人魚であるにも関わらず、人魚になる力を持たないと聞く。まさかとは思っておったが今回の件で確信した。お主はほぼ確実に召喚術士としての力を持っておるということじゃ」
アザトースの言葉を理解したことと、元々人魚としての力を目覚めさせることができなかったこと。それらがアリアに召喚術士としての力が眠る証。
「恐らく、お主の召喚術士としての力に導かれアザトースは永きに渡る眠りから目覚めたのじゃろう」
「そ、そんな……」
じゃあ…じゃあ、アザトースが目覚めてエアリスとトゥーナが殺されたのは、私のせい……?
「ちょっと待ってよ!」
すると、人混みの中から1つの声が響く。
姉のマリアだった。
「じゃあまさかアザトースが狙っているのはアリアってこと?それじゃ、あいつがまさかここまで襲ってくるんじゃ……」
マリアの言葉に再び村人達は凍りつく。
覇王でさえ持て余すほどの力を持つ化け物。そんな奴がここまでやってくれば、この村は終わり。
一瞬で捻り潰されてしまうだろう。
「可能性としては確かにあるかもしれん。だが、奴は白牢島から出ることはできんはずじゃ」
そんな村民たちの不安を消す様に村長は告げる。
「そもそも、そのための白牢島。あの島は奴を閉じ込めるために作られた言わば奴の牢獄なのじゃ。現にアリアがここに来ても奴はあの島を出てこれなかったじゃろう?その可能性は低いはず」
「そ、そっか……」
村長の言葉にアリアはそっと胸を撫で下ろす。
もう、あんな奴2度と見たくなんかない。
あの島を出れば安全なんだ。
「そして、アリアは念の為に安全な場所へ……オアシスのディアナの塔へと連れていく」
「え!?」
安心したのも束の間。アリアは村長の言葉に驚きを隠せない。
「アリアの力は、この世界に必要な力。故に必ず守り通さねばならん。この力が世界を守る礎になるやも知れぬ。じゃからディアナ教最高司祭のペテル様に先ほど事態を報告したら、すぐに迎えの者を寄越すと言ってくれた」
「ま、待って……じゃあ私、この村から出て行かなきゃならないの!?」
アリアは声を張り上げながら叫ぶ。
お姉ちゃんは?お父さんとお母さんは!?
それにスティングにアンガス……そして村のみんなと、お別れしないといけないと言うこと……!?
「悲しいが、そう言うことになる。じゃが安心せよ。お主の家族は当然一緒じゃ。すでにお主の父と母には事情を話し、了解を得ておる」
「そ、そうなんだ……」
家族が一緒だと言うことにアリアは少し安心する。
それでも、10年暮らしてきたこの村をでなければならないと言う事実はアリアの心に影を落とした。
「お主には酷なことと思うが、許せ」
「うん……」
「念の為、迎えが来るまでは迎撃の態勢を整えておくぞ。何としてもアリアを守りオアシスに届けねばならん。アリアとその家族は今日はここに泊まっていくといい。この講堂が海から一番遠く、そして安全じゃからな」
こうして、アリアとその家族はオアシスに移送されることが決まった。