アリアの過去7【地獄の始まり】
ガシッ
「うがぁっ!?」
「アンガス!?」
突如として、異形のそいつがアンガスのこめかみに掴み、そのままアンガスをおもちゃのように軽々と持ち上げた。
「は、放せぇっ!【エアスラッシュ】!!」
たまらずエアリスはそいつの腕目掛けて風の斬撃を放つ。
ズバァァン!
手を弾かれたそいつはその衝撃でアンガスを手放し、ドサリと音を立てながらアンガスは地に落ちる。
「アンガス……!しっかり!!」
咄嗟にそばにいたトゥーナが倒れたアンガスの元へ駆ける。
「う、うぅ……」
アンガスはフラフラと立ちあがろうとするが、何やら足元がおぼつかない。
「ね、ねぇ……。知らない間に僕、寝てたの?すっかり夜じゃないかぁ」
「はぁ!?何馬鹿なこと言ってんのよ!今はまだ真昼間……」
起き上がるアンガスの顔を見た一同はぞっと背筋が凍る。
「えぇ?だって何にも見えないぐらい真っ暗じゃないか」
立ち上がったアンガスの顔に空いた2つの穴。正確には元々目があった場所からその目が消えていたのだ。
「ーーーーーーーーーーーー」
「ひっ……」
震えながらトゥーナはその化け物を見上げる。
さっきまでただの穴しか空いていなかったはずの2つの空洞にギョロリと蠢く2つの青い瞳。
まさか……目を、奪われた……?
「全員走れぇぇえええ!!全速力だぁあ!!」
「「「「うわぁぁぁぁあ!?!?」」」」
たまらずみんなでアンガスの手を引いて走り出す。
「なっ、なんだよう……!?」
アンガスは暗転した世界で困惑したままに手を引かれて走り出すが、何も見えない彼が険しい森の中を走り抜けることなんてできはしない。
バキィッ!
「うわぁあ!?」
そのぽっちゃりとした身体はすぐに転がり、ツタに絡まって身動きが取れなくなってしまった。
「はっ…はははは早く!早くぅ!?」
スティングは懸命にアンガスに絡まったツタを剥がそうと躍起になるが、気が動転している彼らにとってそれは至難の業。
しかもアンガスは右も左も分からない状態で、体をどう動かせばいいのかも分からないことがさらにそれを難しくさせていた。
「くそ……!」
「ーーーーーーーーーーー」
そうこうしている間にも奴はじわりじわりと。まるでみんなを痛ぶるのを楽しむかのように迫ってくる。
このままでは全滅だ。
「……マリア」
すると、何かを悟ったエアリスはマナを溜めながらポツリと呟く。
「俺は、お前のことが好きだ」
「……え!?」
突如、エアリスから放たれた愛の告白。それと同時にエアリスは詠唱を始めた。
「【風】に【渦】のマナ。【トルネード】!!」
ゴッ!!
放たれる風の渦。それと同時にアリア達の身体は宙を浮き、アンガスを縛るツタも千切れて来た道へと吹き飛ばす。
「だから、生きてくれ。俺がいたことを、どうか忘れないで……。お前に会えてよかった」
「ーーーーーーーーーー」
「ダメ……!」
魔法を放ち、隙だらけのエアリスに奴は手を伸ばす。
「……っ」
時間にして、わずか数秒の出来事だったと思う。
「嫌だぁ!!そんな……そんな言葉だけ残して……!!やめてよ!!一緒に来て!!エアリス!!エアリスーーー!!!!」
宙を舞い、視界がぐるぐると回るそんな訳の分からない状況の中。アリアが感じたのは耳をつん裂くような姉の悲鳴と、目から溢れる雫。
エアリスの頭を鷲掴みにする化け物。苦悶の表情を見せるエアリス。
時間にしてほんの刹那。そうだと言うのにその一瞬はまるでスローモーションの世界のように、ゆっくり、ゆっくりとその全てをアリアの脳裏に、記憶に刻み込んでくる。
そして……。
グシャン!
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!!!!!!!」
エアリスの頭は握りつぶされ、まるでザクロのような真っ赤な液体を吹き出すと、エアリスの身体はそのまま地面に力無くボトリと落ちた。