アリアの過去1【ココナツ村】
今から10年前。
シンセレス南方の海岸線近く。
亜国フェラルドとの国境線近くに小さな村があった。
「いってきます、お母さん!」
「いってきます」
「いってらっしゃいマリア、アリア。あまり遅くならないようにね」
明るく照りつける暑いくらいの日差しと、心を揺らすように吹き付けてくる暖かい風。
母によく似たピンクの癖っ毛を揺らしながら10歳の少女アリアは2つ上の姉、マリアと元気に家を飛び出す。
ここはココナツ村。漁業や観光で栄える小さくも活気にあふれる村だ。
おいしいココナツの実が年中なっているし、いつでも新鮮な魚を食べられる。そして何よりいつでも海の中で楽しく遊ぶことができる常夏村で、それ以外には大きく特筆する特徴もないようなところだ。
「あ、きたきた。おーい!」
「お待たせ!」
桟橋の上で2人を待つ子どもたち。どの子もアリアのようにピンクの髪と蒼い海のような瞳をしていた。
側から見れば皆兄弟のようにも見えそうだが、残念ながらそうではない。
それは、とある種族の血を引くことの特徴だからだ。
「よーし、それじゃあ行くよー!」
「うん!」
「せーの!」
「「「「「【水霊】に【変化】のマナ!【変態】!!」」」」」
息を合わせて発せられる詠唱。
桟橋の子ども達の身が淡い光に包まれると同時にドボォンと水に飛び込む音が5つ。
この村には特筆する特徴はないと言ったが、1つだけ他の村と違うことがある。
それはこの村で暮らす種族。今は住処を追われ、その数を大きく減らしたその幻想的な種族。
人魚が暮らす村だった。
人魚は普段は人と変わらぬ身で過ごしているが、こうしてその姿を半人半魚の姿へと変化させる力を持つ。だから彼女達はこうして人魚の姿へと身を変えて海の中を優雅に泳ぐのだ。
しかし、そんな中で1人。人魚の姿になれない少女がいた。
「うぅ……」
それが私。アリア。
魔導霊祭でも限りなく小さなマナしかないと言われた。つまり、魔法を使うことも、ましてや魔力で姿を変化させることはできない。
だが、それでもアリアは良かった。だって……。
「ほら、アリアおいで!」
水の中から手を差し出してくれる姉のマリア。
「う、うん!」
彼女の優しい笑顔はいつも立ち止まってしまうアリアの背を押してくれる。招かれる手に導かれてアリアは海へと飛び込んだ。
「よーし、今日はどこまで行こっか!」
「白牢島までいこう!あそこで美味しいバナナがなってるって聞いたよ!」
「え、でもそこは言っちゃいけないってお母さんが……」
姉の背中に捕まるアリアは不安に駆られながら告げる。
確か、ココナツ村で決して足を踏み入れてはならないと口酸っぱく言われている禁足地。
「大丈夫だって、前に行った時も何もなかったし」
「バナナの他にも色々美味しいものがなってるんだ、きっと大人達が独り占めするために僕らにそう言ってるだけだよ」
「で…でも……」
内気なアリアはチラリと姉のマリアの顔を見つめる。
「大丈夫。何かあったらお姉ちゃんが手を引いてあげるから。ね?」
「う、うん!」
姉の言葉にアリアの不安はどこかへと消え去った。
「よーし、それじゃあ行くぞー!」
「「「「おぉー!!」」」」
子ども達の小さな冒険。
入ってはいけないと言われる場所へ入ることのスリルと好奇心が彼らを小さな冒険へ駆り立てる。
「それじゃあ、アリア。しっかり手を握っててね!」
「うん!」
例え人魚の力がなかったとしても、姉が手をひいてくれた。
次の足を踏み出せない私の手を引っ張って、前へと送り出してくれる。だから、力が無くてみんなの方がすごくても。私はそれでよかった。
お姉ちゃんがすっと一緒にいてくれるから……。




