エピローグ
「……う」
ソウルは柔らかい布団の上でそっと瞳を開けた。
窓からは暖かい朝日が差し込み、まだぼんやりとする意識を覚醒させようとしてくる。
あれは……誰だったんだろう。ただの夢?いや、でも夢にしては随分とリアルだったような……。
ガシャァン
そんな風にボーッと思考を巡らせていると、食器をを落とすような音が響く。
「ソウル…さん……」
「オリ…ビア……?」
そちらに目を向けると、そこにいたのは茶色い髪とトレードマークの白いバンダナ。
目には溢れんばかりの涙を溜めたオリビアが立っていた。
え…と……?オリビアがこうして元気でいるってことは……戦いは終わったってことか?
「……っ!」
すると、オリビアがソウルの枕元まで駆け込み、そしてソウルのことを強く抱きしめた。
「おっ、オリビア!?」
鼻腔をくすぐる花の香りと、オリビアの柔らかい肌の温もり。
突然の展開にソウルは慌てふためくことしかできない。
「よかった……!ソウルさん、1週間も眠っていたんですよ!?もう、もうこのまま目を開けてくれないんじゃないかって……」
「い、1週間!?俺そんなに寝てたのか!?」
オリビアから告げられた事実にソウルは照れ臭さみたいなものも一瞬で吹き飛ばされて唖然とする。確かに身体はかなり気怠いが、まさかそんなに寝ていたとは。
「よかった、本当にあなたはいつもいつも心配ばかりかけて……!少しはあなたの身体のことも大切にして下さい!」
すると、心配が通り過ぎたオリビアは今度は少し怒ったような口調で告げる。
「あはは……気をつけるよ」
まぁ……きっとまたこんな風にボロボロになることはあるだろうけど。今それを言ったらオリビアにまた怒られそうだしやめておこう。
しばし彼女の気が済むまで好きにさせた後、少し落ち着きを取り戻したオリビアは簡単にこの戦いの顛末を語ってくれた。
アスモデウスは無事に討伐。塔の被害は大きかったが無事修復に漕ぎ着き出したこと。
エヴァとその3人の従者も無事。アランとパメラは特に重症だったようだがなんとか一命を取り留めたそうな。
助っ人のヴェンとエリオットは比較的軽傷だが、大事をとって入院中。別の病室で過ごしているらしい。
エヴァはもう病院を退院……もとい脱走し、痛手を受けたディアナ教とオアシスの再興のために奮闘。シーナとマコはその手伝いをしているそうだ。
そして、ソウルを1番驚かせたのは……。
「シェリーが、戦ってくれたのか」
「はい。彼女が戦線に加わってからはもう圧倒の一言だったらしいですよ?あっという間にクトゥグアを追い詰めてしまったんです」
流石、シナツに歴代最強の召喚術士と言わしめた程の実力者。聖剣騎士団のみんなの力を借りてかつ、まぐれだったとしてもよく俺が勝てたな。
「でも、結局クトゥグアは逃してしまったんです」
「ハスター……か」
突如乱入してきたもう1体の魔人。謀略に長けたハスターはサルヴァンやシェリーの件で因縁がある相手だ。
きっと、いつか相対する時が来るだろう。
「クトゥグアを倒せていれば、きっと私達は勝利に一歩近づけたはずでしたけど……」
落ち込むように告げるオリビア。
「仕方ないさ。この街の人たちを見捨ててまでクトゥグアを討伐するわけにもいかない。それに、今回はあくまで【防衛戦】だ。何とかオアシスを守ることができたんだから、今はそれで良しとしておこうぜ」
「そう……ですね」
とは言っても、正直被害はかなり大きい戦いだった。特にオリビアは医務室で傷つき倒れた兵達を間近に見ているのだ。
まだ彼女の中で折り合いをつけられていないのかもしれない。
「確かに、クトゥグアに逃げられちまった以上被害の大きさにしては得られた戦果は大きくはないのかもしれない。けど、まだ俺達は生きてる。生きていれば、亡くした者達の想いを背負ってまた戦える。そして、いつの日かその俺たちが覇王復活を阻止すれば、彼らの死だって無駄じゃなくなる。だからさ、前を向いていこう」
そう。まだ俺たちは生きてる。
この戦いで、戦ってくれた者達が生かしてくれた。
だから、その人達の分も俺たちは生きるんだ。彼らの想いを……そして願いを叶えるために。
この世界を、守るために。
「……ソウルさんは、本当に強いですね」
そうポツリと呟きながら、オリビアはそっと微笑む。
「きっと、ソウルさんの言う通りです。救えなかった人たちの想いは、私たちが引き継いで、いつかその想いを……この世界を守る為に、私も戦います」
「うん。でも、無理はしないでくれよ?心配になっちまうからさ」
「ふふっ。それをソウルさんが言うんですか?」
そう言って2人で顔を見合わせて、そして笑う。
あぁ……やっぱり安心する。花をくすぐる花の香りも、優しく明るいこの笑顔も。
しばし2人の穏やかな時間が流れる。
「ねぇ、ソウルさん」
そして、ふとオリビアがじっとソウルの方を向き直って告げる。
「は、はい」
その真剣な表情を見て、ソウルは何だ何だ?と少し身構えた。
「あの……今更かもしれないですけど、私妖精の一族なんです」
「あ、あぁ。それはエヴァから聞いたけど……」
確か……地霊の一族だとかどうとか言ってたな。
「その……戦ってる時は気にならなかったんですけど、改めてありのままの私を見てもらえたら、と思って」
そう言うと、オリビアはそっと立ち上がり彼女の頭にある白いバンダナに手を伸ばす。
「その……醜いですか?」
恐る恐ると言った感じで外されたバンダナの下から現れたのは半透明色の2本の触覚。
こうして改めて、しっかりとその姿を見たのは初めてだ。
妖精としての、本来の姿をしたオリビアだった。
「……うーん」
ソウルはジーッと、後ろめたそうな顔をするオリビアのことを観察する。
恥ずかしいのか、それとも少し怖いのか。オリビアはぎゅっと彼女のスカートの裾を握っていた。
「……うん、やっぱりオリビアだよ」
「……はい?」
やがて発せられたソウルの言葉にオリビアは首を傾げる。
「オリビアが妖精だろうとなんだろうと、やっぱりオリビアはオリビアだよ。醜くなんてない。むしろなんか幻想的ですごく綺麗だと思うぞ」
「……っ」
ソウルの言葉にオリビアの頬が真っ赤に染め上がる。
「だから、これまで通りでいようぜ。例えオリビアが妖精でも何でも俺たちは仲間だ。色々あったけどあれは俺を助けるためにやってくれたことだ。だから何も後ろめたいことなんか感じないで……さ」
ソウルがシンセレス国に来ることになったのも、オリビアがソウルを助けようとしてくれたから。
だから、そんなことに怒ってないしむしろ感謝してる。
きっと、他のみんなもちゃんと説明したら分かってくれるはずだ。
「これまで通り……ですか」
すると、何かを考えるようなそぶりを見せる。
何だろう……。なんか俺変なこと言ったかな?
ソウルは頭をかきながら、オリビアの次の言葉を待った。
すると、ふとオリビアがソウルの顔に目をやる。
「あれ?ソウルさん、ほっぺたに何かついてますよ?」
「え?どこ?」
突然のオリビアの言葉に思わずソウルは自分の頬に手をやる。
「ここですよ、ここ」
そう言ってオリビアはソウルのベッドに腰掛け、そしてその顔をソウルのそばまで近づける。
その次の瞬間。ソウルの頬に触れる柔らかい感触と、オリビアの柔らかい吐息。
「〜〜〜〜〜っ!?!?」
今度はソウルの顔が真っ赤に染まる。
ま、待って!?今の……って!?
「ふふふ。取れましたよソウルさん」
そう言ってオリビアは口元を隠しながら立ち上がる。
「ねぇ、ソウルさん。私、もう自分の気持ちに嘘はつきません」
これからは、素直に受け入れよう。
この胸の高鳴りも、胸の奥から溢れるこの切なさも。
今までは使命のせいで受け入れることができなかったこの感情。あなたが気づかせてくれたこの想いを。
あなたが私に本気でぶつかってくれたみたいに、今度は私があなたに本気でぶつかっていきます。
これまで通りじゃ、もう我慢できない。
もっと、私はあなたの特別になりたい。だから……。
「私、本気になっちゃいました。必ずあなたを振り向かせて見せますから覚悟しておいて下さいね、ソウル」
そう言ってオリビアは笑う。
光差し込む暖かい病室の中。
屈託のない笑顔で。そこには何の影もないありのままのオリビアが立っていた。