クトゥグア討伐戦32【召喚術士の強さ】
突如として現れた新たな敵を見て、クトゥグアはため息をついた。
「おいおい、今度は【獣の召喚術士】かよ……やれやれほんっとにしぶてぇやつらだなぁ。けどな?お前じゃあたしにゃ勝てないぜ?」
一見、ただの自信過剰に見えるクトゥグアの言葉だが、クトゥグアがその考えに至ったのにはある理由があった。
「いいか?7人の召喚術士……その召喚獣の強さは【天使】、【悪魔】、【龍】、【妖精】、【人】、【獣】、【魚】の順。お前は下から2番目。つまり【天使】があたしに敵わない以上お前もあたしに勝てる訳がねぇだろ?」
そう、勝てるはずがない。
だって、召喚士で最強と謳われるのは【天使】と【悪魔】の召喚術士だから。対してこのエルフの女はその中でも下から2番目の【獣】の召喚術士なのだ。
エヴァが敵わない以上、このエルフが私に敵う道理なんてない。
そう、タカを括っていた。
ザンッ!
「……あ?」
ボトリ……。
瞬きの間に、シェリーの姿が視界から消える。
それと同時に右手に走る激しい痛み。
「どうした?もう戦いは始まっているぞ、クトゥグア」
「ぐ……ぁぁぁぁああ!?!?!?」
次の瞬間、クトゥグアは叫んでいた。
腕を斬り落とされた激痛で。
しかし、それはあり得ないことだ。だって、【保有能力】の【紅蓮の体】はいかなる攻撃も無力化する最強の能力だ。
それが……何故!?
「【空即是色】」
困惑するクトゥグアに向かってシェリーは告げる。
「私の母の【保有能力】。それはいかなる物へも干渉する力だ。貴様のような実態を持たない相手でも、流動的な魔法が相手であろうと私は物理的にそれを捉えることができる。この力ならお前の【紅蓮の体】にも通用するようだな」
「なん…だと……」
この【紅蓮の体】に干渉する力だと!?そんな【保有能力】があるというのか?
それも、下等な召喚術であるはずの獣の召喚術士の技で!?
「お前は私の攻撃を受け流すことはできない。失った身体を再生させることはできるだろうが、その身体にダメージは蓄積していくはずだ」
「……はっ。おもしれえな!お前!!」
クトゥグアはそこに立つシェリーに飛びかかる。
確かに私の【紅蓮の体】に干渉できる奴がいるのは驚きだが、所詮それまで。
それで私の強さが変わるわけじゃない。
【獣の召喚術士】ぐらい攻撃が当たろうと大した相手ではないはずだ。
斬られた腕を再生しながらクトゥグアはシェリーに拳を撃ち込む。
スパァン!
「なっ!?」
しかしクトゥグアの拳は空を切る。
「【幻】のマナ。【水月鏡花】」
拳を振り抜くクトゥグアの後方に回り込むシェリーはそう告げながら剣を振り抜く。
ザンッ!!
「ぐぁぁぁあっ!?」
今度は脇腹を斬られた。
血の代わりに炎を噴き出しながらクトゥグアは距離を取る。
見えなかったぞ……?この私が、反応できないだと?
「ふざっけんな!一体テメェどんな魔法を……」
「【地獣】のマナを【武装召喚】。【リュカイオン】」
動揺の渦の中にいるクトゥグアにもシェリーは容赦しない。彼女の手の中で黄金の太刀は大剣へと姿を変えて再びクトゥグアに襲いかかる。
「なめんなよ!」
上段から振り下ろされる大剣をクトゥグアは白刃取り。
バシィッ
間一髪。
クトゥグアの目と鼻の先で止められた大剣。
そして攻撃を止められたことで動きが止まるシェリーに向けてクトゥグアは蹴りを放とうとした。
「【ヴィーグリーズ】」
しかし、そんな単純な攻撃などシェリーには通じない。
押さえていた大剣が姿を変え、クトゥグアの手を離れると、今度は刀が2つに分かれて双剣となる。
「なんじゃそりゃ!?」
そのままシェリーは蹴り出された足を膝上からスパンと斬り飛ばした。
「ぎゃぁぁぁあっ!」
激痛のあまり、悲鳴をあげるクトゥグア。その隙に懐に滑り込んだシェリーは魔法を発動させた。
【渦】のマナ。【風雲】。
シェリーが双剣を振るとたちまち旋風が巻き起こりクトゥグアの身体を引き裂いていく。
「【一角】に【突撃】のマナ……」
それと同時に詠唱。後方で控える水の召喚獣ケルピーの角が光を放つ。
「ふ…ざけんなぁ!?」
魔法の同時発動だと!?
ふざけるな!確かに理論上はできるかもしれない。だが、そんなメチャクチャな芸当をやってのける奴は1000年以上生きてきたクトゥグアですら見たことがなかった。
何だこいつ……何なんだこいつ!?
下から2番目の……下等な召喚術士じゃなかったのかよ!?
「全てを穿つ槍となれ。【明鏡止水】!」
そしてケルピーの角が青白い光を放つと共にクトゥグアに向かって突進。
「う、うわぁぁあ!?【覚醒】のマナ!【真なる黒炎】!!」
クトゥグアは咄嗟に黒い炎を放つとそれで我が身を固める。
見たところ、あれは水の召喚獣。ならば、逆転の理の境地に達したこの黒い炎で迎撃することができるはず……!
いや、むしろこれで返り討ちにして一気に形勢を!
シュンッ
「はぁ!?」
しかし、黒炎がケルピーを焼く寸前。ケルピーの姿が消える。
それと同時に感じる上空からの気配。
「終わりだ。【変更】、【ケリュネイア】」
見上げると、そこには白銀の体をした巨大な黄金の角を冠する雄鹿。
そいつが、青銅のような淡い蒼の輝きを放つ蹄を振り上げてこちらを見下ろしている。
そして、シェリーの手に握られた刀が今度は1本の槍へと姿を変えていた。
間違いない。これは先程のケルピーの武装召喚。つまり、今頭上に立つこのケリュネイアにもケルピーと同じ【保有能力】が付与されているということ。
それは、つまり。
「は…はは……マジかよ……」
ズンっ!!
叩きつけられる硬く冷たい蹄。
グシャンと潰されるクトゥグアの身体。
それは即ち、クトゥグアの敗北を意味していた。