クトゥグア討伐戦26【提案】
アスモデウスを召喚した黒騎士はディアナの塔の最上部へと移動していた。
そこには巨大な大聖堂と、そびえ立つディアナの像。
「さて……これが噂のディアナ像か」
黒騎士はそこに鎮座するディアナ像を見上げながら呟く。
だが、黒騎士の目的はその足元だ。不自然に空いたその空間へと手をかざしながら意識を集中させる。
「ふむ……確か、偉大なる者よ、我は起源を目指す者。その願いに応え、その道を我に示したまえ……だったかな?」
黒騎士の詠唱を聞いた後、ディアナ像の足元の隠し扉がゴゴゴ……と重い口を開けた。
さて……第1プランは失敗に終わった訳だが……。
「まぁ、仕方ない。ならば次の手だ」
そう言いながら暗闇に包まれる追憶の間へと、黒騎士は足を進ませた。
ーーーーーーー
コツコツと、暫し人気のない冷たい廊下を歩き続けると、やがて小さな檻のようなものが見えてくる。
「……いたな、【獣の召喚術士】」
「……まさか、あなたがこんなところにまで現れるなんて。何の用ですか、黒騎士」
魔封石の牢に閉じ込められたシェリーを見下ろしながら黒騎士は告げる。
「おぉ、歴代最強と言っても過言ではない召喚術士様に覚えていただけているなんて、光栄の極みだな」
「茶化すな。何故お前はここにいる?ソウルに負けた私を嘲笑いにでもきたのか?」
そう告げるシェリーはギラリと殺意の混じった眼光を光らせた。
「おいおい。そう殺気立つんじゃない。ただお前と交渉をしにきただけさ」
そんなシェリーに少し身震いしながら黒騎士は告げる。
縛られてなおこの気迫。やはりシェリーは並々ならぬ実力者なのだという事実は明らかだ。
「交渉……?悪いが、私はもうソウルを殺すつもりはない。もう復讐に身を捧げることは止めたんだ」
ソウルを殺せば、【妖精樹の大火】の立案者レイオスの居場所を教えるという黒騎士の盟約。
結果的に言えば、シェリーはそれを果たせなかった。それに、ソウルは復讐の海でもがく私を掬い上げてくれた。
そんな彼を殺すなんてこと、到底するつもりなんてなかった。
「違う。その件はもういいんだシェリー。それよりもお前は今進むべき道を見失っているのではないか?」
「……」
確かに、黒騎士の言うことは事実だ。
これまで、復讐のためだけに生きてきた。けれど、お母様は……みんなは復讐なんて望んでいなかった。
だから復讐に生きるのはやめた。けれど、それを失ったシェリーには何も残らなかった。
せいぜい残されたのは自責の念と喪失感だけ。
そんなシェリーの心を見透かすような黒騎士は語る。
「今まで、お前が行ってきたことは全て奴らの手のひらで踊らされていた結果。つまり、お前は哀れにもあの魔人ハスターに弄ばれていたと言うわけだ」
「……それが、何だと言う?次はハスターを復讐の為に殺せとでも言うつもりですか?」
「そうは言わないが……こんな道はどうだ?シェリー」
そう言って、黒騎士はシェリーにとある提案を持ちかける。
「ば…かな……?何故、そのような事を?」
黙ってそれを聞いていたシェリーは動揺を隠せない。一体、この男は何がしたいのか。いや、何を目的にしているのか。
「嫌か?だがこれならこれまでのお前の行為の償いにもなるし、お前の背徳感も和らぐのではないか?」
確かに……それはそうだ。黒騎士の言うことは最もだけれど。
「何故……お前はそんな提案をする?そんな事をして、お前に何の得があると言うんだ?」
分からない。この男の真意は何なんだ?
「私の目的は世界を正しい方向に導く事。その為になら、悪魔にだって魂を売るさ」
そう言うと、黒騎士はそっと自身の兜に手を当てて、頭から漆黒の兜を取り外す。
「……っ!?お前は……まさか!?」
そこから現れた顔に、シェリーは驚愕の声を上げた。
「どうか、私の目的のために力を貸してはくれないか?」
「……なるほど。少しあなたの目的というものが分かったような気がする」
正体を現した黒騎士にシェリーはそう告げる。
「あぁ。だがこのことは誰にも悟られるなよ?」
「……いいだろう。交渉成立だ」
シェリーの言葉を聞いた黒騎士は満足そうにその剣を振る。
バキィン……
すると、シェリーを縛る鎖と檻がバラバラに斬り落とされた。
「では、私はもうオアシスを去るとしよう。この後のことはお前自身が決めるがいい」
そう告げると黒騎士は追憶の間の闇の中へと姿を消す。
「……私の、生きる意味」
シェリーはスッと手を掲げると、マナを集中させる。
外に感じる強大なマナ。間違いない。これは覇王の直属の部下である【10の邪神】の一角だろう。
ならば、今は戦おう。
この世界の命運を背負わんと奮闘する弟弟子のためにも。きっと、彼の進む道には想像をも超える苦難が待ち構えていることは明白だ。
そんな彼の助けになるというのなら。こんな穢れた私の手が私と私の家族を救ってくれた彼の力になると言うのであれば。
「喜んで、私はこの身を。そしてこの力を捧げるさ」
そう告げるとシェリーは疾風のように追憶の間を飛び出した。