クトゥグア討伐戦24【アイリスの本音】
シーナとアイリスは互いの剣をぶつけ合う。
互いの剣技はほぼ互角。そしてその魔法も五分五分といったところ。
「いい加減にそろそろ死んでもらえませんかねぇ!姉さん!!」
「……断る」
アイリスの剣を受け止めながらシーナはアイリスを睨む。
「なら、これならどうですか!?【神撃】のマナ!【幻霊の痛撃】!!」
【神撃】のマナ……!
やはり、アイリスも聖剣の7つの技を習得しているのか。
アイリスの聖剣ダーインスレイヴが不気味な紫の光を纏いながらシーナに襲いかかる。
だが、それぐらいの攻撃なら受け止めきれ……。
ギィン!
「……っ!?」
刃と刃が触れた瞬間。突如としてシーナの視界がぐらりと揺れる。
まるで、立ちくらみか何かのような……そんな感覚だ。
「ほら!隙だらけですよ!」
「ぐっ!?」
その隙にアイリスのシーナに蹴りがシーナの脇腹に刺さる。
「もう一度いきますよ!【幻霊の痛撃】!」
「……っ」
多分、あの技だ。あれを剣で受けてはいけない。
そう判断したシーナは再び遅いくる怪しげな剣撃を身を捩って回避。
「ほらほらほら!まだまだ行きますよ!」
しかしアイリスだって甘くない。逃げるシーナを追いかけ回すように2本の剣を振り回してくる。
「……っ、このっ」
焦るな。焦ったらすぐにやられる。
こういう時ほど落ち着いて対処するんだ……!
多分、あの剣は直接攻撃の魔法じゃない。精神への攻撃か何かだろう。
触れてはいけない剣撃……かといって刀で受けなければ回避もままならない。
なら……!
「なっ!?」
シーナは、朧村正を手放しアイリスの剣ではなく腕を掴む。
怪しい光が纏うのはダーインスレイヴだけ。なら、その効果の及ばないアイリス自身の身体を止めればいい!
「あぁぁぁぁっ!」
「ぐぅっ!?」
そのままシーナはアイリスを背中から押し倒すと手を地面に押さえつけ、足はアイリスの脚に絡ませて身動きを封じた。
「はぁっ……!これで、動きは封じた……!」
息を荒げながら、シーナは地面に突き倒したアイリスに告げる。
「この程度、どうということはありませんが?」
しかし、とうのアイリスは余裕の表情を浮かべている。
「……ねぇ。あなたはどうしていつもそうなの、アイリス」
そんなアイリスの態度にシーナの苛立ちが募る。
「……あなたはいつだってそう!何が不満だったの!?私と違ってあの男から大切にされていたでしょ!?それなのに、いつもいつも周りの人を傷つけて!やるなら私だけをねらってよ!!どうして関係のない人達を殺してまであなたはそうなの!?」
アイリスが私を殺したい気持ちは分かる。けれど、アイリスのこの執着は私が父を殺す前からだ。
何かと私を目の敵にして、いつもいつも不服そうな顔をしていたのをよく覚えている。
「……あなたの父を殺した私を恨むのなら別に構わない!けど、関係のない人を巻き込んだあなたは悪だ!だから私はあなたを倒す!!」
ジェイガン様の教えてくれたこと。罪に向き合わせること。
きっとこれはシーナがやらなければならないこと。
アイリスの父を殺し、彼女を復讐の権化に変えた私の使命。
アイリスが私を狙い、殺そうとしてくることはもう止められるものじゃない。それは私の犯してしまったことの責任として受け止めよう。
だけど、アイリスはそのために無関係の人々をたくさん手にかけてきた。
それはいかなる理由があろうと、許されることじゃない。
そう、思っていた。
「……ははっ。姉さんはほんっっとうに、何も分かっていないんですね」
そんなシーナに返されたのは氷よりも冷たい冷笑と、シーナを見下す澱んだ瞳だった。
「……っ」
その禍々しさに、シーナは思わず全身の毛がよだつのを感じる。
「私が……愛されていた?何を勘違いしてるんです?」
「……勘違いじゃない!だってあの男はあなたと一緒に過ごす時間をちゃんととっていたでしょ!?」
「それは愛ゆえじゃないんですよ、姉さん。あれは父さんにとってただの暇つぶしです」
「……っ、それはあなたが間違った捉え方を」
「いいえ。間違いなんかじゃありませんよ?考えてみれば分かるでしょう?」
グググ……と、シーナの腕を押し返しながらアイリスは続ける。
何この力……!?どこからこんな怪力が!?
「父さんにとって、1番大切だったことはなんですか?」
「……それは」
父にとって最も大切なこと。それはヴェルグンド家の復権。
父が悪魔に魂を売ってまで成し遂げたかったこと。
「そう、それが全てですよ。父さんにとってヴェルグンド家の復権以外のことなんて、どうでもよかったんです。私を大切にする?あれは周りの貴族の目を気にして……そしてゆくゆくは私が他の優秀な貴族の元へ嫁ぐための花嫁修行だったんですから」
「……っ」
「父さんにとって……私はただの駒でしかなかった。私はそれを受け入れて生きるしかなかった。それでも、いいと思った。父さんが私を認めてくれるというのなら。でも、そんなことはなかった。分かるんですよ、分かっちゃうんですよ……!父さんは私を見ていない。見ているのは姉さんあなただけだった!!あなたへの教育が厳しくなり出した頃から父さんは私と言葉を交わすことすらなくなった!牢にいた姉さんは知りもしないでしょうがね!!」
そのまま怒りに身を任せたアイリスはシーナの身体を逆に押し倒すと、噛み付くようにシーナに叫んだ。
「どうして……どうして私は誰にも愛されない!?どうして誰も私を認めてくれないんですか!?姉さん……あなたはいいですよね。確かに歪んではいたと思います。けれど父からの期待を受けて育ち、今はあなたを認め、守ってくれるあのシン・ソウルだっている!!」
アイリスは馬乗りになってシーナをボコボコに殴りつけてくる。しかし、シーナはそんな物少しも痛くなかった。
「ねぇ……教えて、姉さん……。私は……誰にも認められない私は、何を糧に生きていけばいいんですか?誰が私がここにいることを認めてくれるんですか……?」
だって、痛々しい様相で涙をこぼして、これまで抱えてきた闇をぶちまけるアイリスを見て、胸が抉られるようだったから。
こんなに……こんなに彼女は苦しんでいたのか。もしかすると、シーナ以上にアイリスは苦しみの渦中にいたのかもしれない。
その全ての元凶は父であり、そして。
「……私の…せい」
私が…いたからだった。
アイリスと言う名の大量殺人鬼を生み出したのは、私が生まれてきてしまったから?
私がいなければ、きっとヴェルグンド家は歪まなかった。アイリスも、もっと真っ当に生きてこれたかもしれない。
もっと言えば、何か運命の歯車が違っていたのなら。今の立場は逆だったのかもしれない。
「もう、私は戻れないんですよ姉さん。私の手は、悪と血に染まってしまった。あの夜、私は父の領民達になぶり殺されかけた。そして、彼らを殺したんです。もう普通の人間として生きることも叶わない。だから私は闇の世界に身を投じるしかなかった……」
アイリスの異常な人格も、彼女が自身を守るために作り上げた盾。
人を信じることができなくなったシーナが人と関わることを避けるように、危険者の仮面を被ったように。アイリスは自身を受け入れてくれない世界から逃れるために異端者としての仮面を被るしかなかった。
そうしないと、自身の心が壊れてしまうから。
その想いは、シーナにも痛いほどよく分かる。かつて自分もそうだったから……。
「姉さん……私は、私は……!」
「……アイ、リス」
きっと、今のアイリスが本当のアイリスなんだ。
シーナの胸に顔を埋め、赤ん坊のように泣きじゃくる彼女が。
ヒリヒリと、アイリスに殴られた頬が風を受けて虚しく痛む。
予想だにしていなかったアイリスの本音を聞いてシーナはただ言葉を失うしかない。
こんな時、ソウルならどうするんだろう。ジャンヌ様なら?
一体、私はアイリスに何をするべきなんだろう?
殺人者の仮面を脱いだ自分の妹の熱を感じながらシーナはただ空虚に青い空を見上げることしかできないのだった。




