クトゥグア討伐戦21【約束】
あぁ……本当に。本当にあなたはズルい人です、ソウルさん。
どうして……?
私は、ずっとあなたを騙してきたのに……。なのに、なのにどうして……。
「どうして……あなたはこんな私の所に来てくれるんですか?」
止まることを知らない涙を拭くことも忘れて、オリビアはそこにいる存在に問いかける。
「……んなもん、決まってんだろ」
言いたいことは、たくさんあるさ。
また会えた喜びも。何で言ってくれなかったんだっていう寂しさも。黙っていなくなっしまおうとした怒りも。
いろんな想いが浮かんでは消えてを繰り返す。
だけど、1つだけ……確かなものがあった。
「約束したじゃねぇか。もしオリビアに何かがあったときには俺が助けに来るって。オリビアが言ったんだぜ?忘れたのか?」
「……っ」
『もし私に何かがあった時はソウルさんが助けに来てくださいね?』
『おぅ。もちろんだ』
コーラリアに行く前に交わした些細な約束。聞き流されてしまったと思っていたけれど、そんな事を彼は覚えていてくれたのか。
「本当……ソウルさんはズルいですよ……!」
「ズルいのはどっちだよ、ったく」
そしてソウルは自身のマントでオリビアを優しく包む。
それを握り締めながら、オリビアは思いの丈を叫ぶ。
抱えて来た罪を、今ここで告白した。
「だって……私はあなたをずっと騙してきたんですよ!?あなたが【虚無の者】だったから近づいたんです!善意とかそんな綺麗なものじゃない!私はそんなずるい奴なんです!嘘つきなんです!だから……だからソウルさんはイーリストで積み上げてきた全てを無くしてしまった!私のせいで……私のせいで……!」
「あのなぁ、オリビア」
そうか、オリビアはそんな風に考えていたのか。
だから、俺に合わせる顔がなかった……って言うことだったのか。
そんなこと、お前のせいじゃないってのに。
「全てを捨ててでもシェリーを倒す決断をしたのは俺だ。俺が全てを無くしたのは俺自身の決断だよ。お前はそんな俺の命を救ってくれたんだ。感謝こそしてても恨んでなんかいやしないよ」
そう言ってソウルはオリビアの頭を撫でる。
「ありがとう、オリビア。あの時俺を助けてくれて。お前がいなかったら俺はあの場で死んでた。俺が今ここにいるのは他の誰でも無い、オリビアのおかげなんだ」
そう、あの時死ぬ覚悟で俺はシェリーとの戦いに挑んだ。それは決してオリビアのせいなんかじゃない。
俺自身の決断。
そんな無鉄砲だった俺の命を、オリビアは繋ごうとしてくれた。
罪の告白をしてでも、みんなに恨まれるかも知れないと分かっていてもなお、オリビアはその道を選んでくれたんだ。
それを恨む?馬鹿馬鹿しい。そんなことする訳がないだろうが。
「……っ、でも、でも私がこれまでしてきたのは」
「オリビアが俺たちと一緒に居てくれたのはぜーんぶ使命のためでしかなかったとでも言うつもりか?ばーか。そうじゃ無いことぐらい、俺たちは分かってるよ」
泣き崩れるオリビアをそっと抱きしめながらソウルは続ける。
「きっかけは使命だったかもしれないけど、オリビアが俺たちにかけてくれた想いは嘘じゃ無い。俺だけじゃ無い、シーナもそう言ってた。お前は今までも、そしてこれからも俺たちの大切な仲間で、友達だ」
そうだ、俺だけじゃない。あの夜、シーナにオリビアの話をした時。シーナも言ったんだ。「今でも、オリビアは私の大切な友達」「ソウルと一緒だね」と。
きっと他のみんなも同じだ。俺達が築いてきた絆は、仮初なんかじゃない。だから、だからこそオリビアも悩んで今こうして苦しんでいたんだ。
「これからも、ずっと俺達と一緒にいてくれよ。むしろ俺が頼みたいぐらいだ。いつもみたいに一緒に笑って、飯食って……さ。またあの日々に戻ろうぜ」
「ソウルさん……!うっ…うわぁぁぁぁぁぁぁぁああ!!!!」
全ての罪を吐き出した。
それでもなお、目の前の青年はオリビアの想いを受け止めてくれた。
感情が決壊する。これまで自身を縛って来た呪縛から、今解き放たれる。
腕の中で泣きじゃくるオリビアをソウルはしっかりと抱きしめる。
きっと、自分で自分を責めてきたんだろう。打ち明けることもできず、1人抱えて……苦しんで。
一言、言ってくれたらよかったのに。全くエヴァとオリビアは似たもの同士だ。
でも、これでようやくオリビアと向き合える。
「必ず守るよ。もうお前に傷一つつけさせやしない」
そしてオリビアを抱き抱えたままソウルは背後に立つ黒騎士を睨んだ。
「さぁ、かかって来い黒騎士……!お前が何でオリビアを狙うか知らねぇが、俺が必ず守り切ってみせる!さぁ、来るなら来い!!」
もう、これ以上オリビアを傷つけさせやしない。
必ず俺はオリビアを守り切ってみせる!
そう心に誓いながら、ソウルは世界最強とも言われる黒き魔法使いと相対した。
ーーーーーーー
「……それが、君の決断か」
ボソリと何かをつぶやいたかと思うと、黒騎士はゴゴゴとオーラを放つ。
その光景にソウルは思わず息を呑んだ。
さぁ……こいつは一体どんな手を……。
「止めだ!私は手を引くとしよう!」
「……は?」
まさかの黒騎士の言葉にソウルは唖然とする。
いや……何を言っているんだこの男は?
「いやぁ、面倒なことになったからな。私はその娘から手を引くとしよう」
「いや……んなこと信じられるか!?」
だって……さっきまで単身ここまで乗り込むほどオリビアを殺そうとしていたのに、あっさり引くだと!?
何を考えてるんだこの男は!?
「お前……一体なんなんだよ!?オリビア1人の為にここまで来といて、それはねぇだろ!?お前は一体何が目的なんだ!?」
いや、確かにオリビアから手を引いてくれると言うのならそれは願ったり叶ったりなんだが、腑に落ちない。
こちらの油断を誘ってオリビアを狙ってるんじゃないかと、疑問を感じてしまう。
「目的……ね。私の目的はいつだって1つ。その為に全てを捧げてやるのさ」
「じゃあ、何でオリビアから手を引くってことになる!?」
黒騎士には明確な目的があるようだ。ならなおのこと、何故この男はここでオリビアから手を引くと言う決断に至るんだ!?
「ふっ。それが世界の為だと判断したからさ。そこの少女は死を望み、それが世界のためになると言うのなら私はそこの娘を狩る意義があった。しかし、その娘は今死を望むことをやめた。ならば世界もそれを望まないだろう。だからここでそいつを殺す意義がなくなったのさ」
「っ、分からねぇ……お前は何なんだよ!世界の為って一体何が……」
「だが……ただ引くのも興が無い。せっかく貴様が颯爽とその娘を助けに来たのだ。ならばそれ相応の試練は用意しなければな」
ソウルの言葉を遮るようにそう告げると、黒騎士はマナを溜め始める。
「っ!」
ソウルとオリビアは同時に息を呑む。
世界最強とも噂される黒騎士の魔法……。一体どんな魔法が放たれるのか。
ソウルもいつでも召喚魔法を展開できるように身構えた。
「さぁ、背負いし業は色欲。その罪を持って我が力の糧とならん!【風魔】のマナ!」
詠唱と共に放たれる黒騎士のマナ。それは彼の後方の地面に展開し、魔法陣を形成する。
「待て……おい、まさか!?」
この魔法陣にこの力の波動。まさか!?
「さぁ、こいつを打ち負かしてみろシン・ソウル!出てこい【アスモデウス】!!」