クトゥグア討伐戦19【オリビアの回想2】
魔導機の扱いに長けた私だったから、シンセレス国からの技術提供員としてイーリスト国でもそれなりの立場として動くことができた。その立場を使えばこの国の魔導霊祭のデータを見ることができた。
エヴァの言う【虚無の者】とは、マナを全く持たない召喚術士のことだという。ならば、魔導霊祭のデータを見ればそれは一目瞭然だろう。そう思って魔導霊祭の結果を一通り確認した。
けれど、マナが全くないなんていうデータはどこにも見当たらなかった。
マナがとても小さくて、魔法が使えないと判断された人はいくらかいたけれど。
本当に見つかるんだろうかって、不安に押しつぶされそうになりながら日々を過ごしていた。
そして、そんな日々を2年ほど過ごし、桜が咲き乱れるあの暖かいあの日がやってきた。
第1016期新兵入団試験。
過去のデータから入団希望者を特定、受付するあの業務。
マナが全くない【虚無の者】がこんなところにやってくるわけが無い。目的の為にはただただ無駄な仕事。
少しうんざりしていたけれど、それをおくびにも出すわけにはいかないから、ニコニコと笑顔と明るい声で受付業務をこなしていた。
そこに、あの人が現れたんだ。
「シン・ソウルです」
びっくりした。黒い髪と黒いマント。琥珀色の瞳がきらきらと私のことを真っ直ぐに映していたなぁ。
その自信に満ち溢れた表情から、きっとさぞ強いマナを持っているんだと思っていたけれど、実際は全くの真逆だった。
記録には非常に弱いマナ反応。故に魔法を扱える可能性は限りなく0に近い、と。そう記されていた。
何でこんな人がここに来たんだと。分不相応だと。少しエヴァと重なった。
だから、猛反対した。痛い目にあわないで欲しかったから。身の丈に合わない世界に飛び込んで、傷つく道を歩むなんて……そんな悲しいことをしないで欲しかったから。
けれど、彼はその私の心配を跳ね除けていった。
あのエドワードさんですら魔法を使わずに倒してしまった。
その時に感じた。もしかすると、エヴァの探している【虚無の者】は彼なんじゃないかって。
だから、医務室で寝ていたソウルさんの元へ行った。彼との中を深めて探りを入れることにした。
そして、私は彼の歩みをそばで見てきた。数々の困難を、ただひたすらに乗り越えていくその姿を。
極め付けは、彼が明かしてくれた「召喚魔法を使える」ということ。確信した。彼が【虚無の者】だって。
だけど、私はそれをエヴァに言えなくなってしまっていた。
だって、誰かのために一心不乱に駆け抜けて、みんなを笑顔にする彼が……素直にかっこよかった。
いつからだろう。最初は使命だった。使命のために私はソウルさんと関わりを持つようになった。
だけど、ソウルさんを知っていくうちに、彼の生き様に惹かれてしまった。彼と過ごす時間に、本当の幸せを感じてしまった。
……女の子にモテすぎるのが玉にきずだけど。
何度も何度も、違う。この気持ちは間違いだって、言い聞かせてきたけれど……。いや、実際はどうなんだろう?
そう思い込んでいるだけなのかもしれない。私にだって、本当の気持ちがわからない。
分かっていることは間違いなく、ソウルさんが【虚無の者】だってこと。
だけど、彼との関係が深まっていくうちに……彼がたくさんの人々と繋がっていく姿を見ているうちに、言えなくなってしまった。言えば、彼は私のことをどう思うんだろうって。
彼に近づいたのは、使命のため。仲良くしてきたのも好意なんかじゃないんだって。
ずっと、騙してきたんだってそう思われてしまうのが怖くって。
言えなくなってしまったんだ。
だから、エヴァを呼び出す【転移の首飾り】だけを彼に渡して、いつでもできるんだって。間違いがあってはいけないからって自分を騙して先延ばしにしてきた。
この首飾りがあれば、ソウルさんのことが分かる。どこにいるのかも、そしてその命の危機が迫っていることも。
だから、あの夜私はソウルさんが死神に殺されかけていることに気がつけた。
すぐにその現場に駆けつけることだってできた。
その甘えのせいで、私は彼が全てを失うあの瞬間までか決断できなかった。
もし、もっと早く決断できていたら未来は変わっていたのかもしれない。
彼が、全てを失うことのない未来になっていたかもしれない。
だから、全て私が悪い。
使命を先延ばしにして、エヴァに託された想いを裏切った。
死神との戦いまでに決断できなかったせいでソウルさんは全てを失った。
罪悪感が、私の心を支配して離れない。
いっそ、いっそこのまま死んでしまった方が楽なんじゃないかって……。シンセレス国に帰ってきてからそんな想いが解けないんだ。
こんな、どうしようもなくダメな自分なんて、消えてしまえば……。