クトゥグア討伐戦11【アリア対アフーム】
オアシスの右翼。
「おらおらおらぁ!そこどきな雑魚どもがぁ!」
「ぐっ。このっ!?」
踊るように暴れ回る赤い少女に魔導機隊右翼部隊は苦戦していた。
「放てぇっ!」
残された数少ない魔導砲で暴れるアフームを狙う。
「【灼熱発火】!」
ゴッ!!
しかし、その攻撃はアフームの拳によって撃ち破られてしまう。
「あたしのこの拳はクトゥグア様と同じ力が宿ってる!人だろうが国だろうが、どんなものだって砕けんのさ!さぁかかってきな!全部粉微塵に砕いてやる!!」
「くそ……!」
ダメだ。この近距離戦では魔導機隊の強さを活かしきれない。こんな部隊の内部にまで攻め込まれてしまっては遠距離主体の我等では太刀打ちできない。
かといって、護衛の兵はほぼ全滅。
「ここ…までか……!」
せめて……せめて、こいつだけでも。
「う、うおおおおお!!」
「隊長!?」
この部隊を任されたランドルフはその身に装備した魔導機を片手に単身アフームに突っ込む。
「おいおい、いくらなんでもそりゃ……」
余裕の表情を浮かべるアフームが、突如視界から消える。
ズボォッ
「無理があんだろ」
「が……はぁ」
そして、次の瞬間腹部を襲う焼けるような痛み。
ランドルフは自身の腹に目をやると、アフームの拳が彼の腹を貫通していた。
ジュウ……と、自身の肉を焼く匂いがランドルフの鼻を突く。
「こ…れで、いいのだ……!」
しかし、それはランドルフの狙い通り。血を噴き出しながらランドルフはアフームの身体を捕まえる。
「何だよ。最後にあたしを抱きてえのか?」
「ち…がう。せめて…お前を道連れに……」
ランドルフの言葉と共に彼の手の中の魔導機が光を放ち始める。
マナの力を増幅させる魔導機。これを暴走させることで我が身もろとも大爆発を起こさせることができる。
このゼロ距離から喰らえば流石のアフームとてただでは済まないはず。
「……ほぉ、そりゃおもしれぇおもちゃだな」
「散れ!世界に仇なす魔人め!このランドルフが命を賭してお前を……」
ズバァン!
しかし、ランドルフの想いは届かない。
アフームは炎で燃えるその拳を横に振り抜き、ランドルフの身体を腰部から真っ二つに引き裂いた。
「甘いな。この世は力がなきゃあ死に方すらも選べねぇのさ」
「たっ、隊長おおおお!!!」
「ぐ…がぁぁぁあ!!!」
それでも、ランドルフは折れなかった。上半身だけでもなおアフームにしがみつき、そして……。
「分かっている……私の力が及ばぬことも、全て……!だが、それでもなお、譲れぬものがあるのだよ!!」
「……まぁじか」
ドッ!!!!!
ランドルフはその身もろともアフームと共に爆散した。
「隊…長……!」
「……っ!戦線に戻るぞ……!ランドルフ隊長の思いを無駄にするな!」
副隊長のラインハルトは声を上げる。
隊長が、命を賭して奴を倒してくれた。ならば我々は使命を……彼の想いを無駄に。
「おいおい、この程度であたしが死ぬと思うか?」
「何!?」
黒煙の中から響く声。そこには隊長の最後の一撃を受けたはずのアフームが立っていた。
「あー……地味に痛かったってのー。あたしはクトゥグア様とザーと違って【紅蓮の身体】じゃねえんだから」
そう言うアフームの身体を覆う黒い鎧のような鱗は爆風を受けて痛々しく欠損している。
けれどそれは決して決定打にはならなかった。
「う……うそだ……隊長の全てをかけた一撃だぞ……?」
「何で……何で立ち上がるんだ!?隊長の死が、無駄だったとでも言うのかぁ!?」
「言ったろ、弱者は死に方すら選べねぇって。どんな想いがあろうがなかろうが、世界は無慈悲なのさ」
泣き崩れる兵達にアフームは何でもないように。まるで子どもを諭すような声で言った。
「〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!」
ギリリと歯を食いしばりながら副隊長のラインハルトは立ち上がる。
「立てぇっ!いいか、隊長の死は無駄じゃあない!!」
「ら、ラインハルト副隊長……」
「我らが勝てば!隊長はこの戦いの功労者だ!!命を賭して、我らの国を救った英雄だ!!」
「……っ!!」
ラインハルトの言葉に、泣き崩れていた兵達は立ち上がる。
厳しくも……優しかった、あのランドルフ隊長の死は……無駄にはしない……!
「戦うぞ!ここでこの魔人を倒す!!」
「あーあー、かっこいいなー。でもさ、あんたらが束になってかかったってあたしには……」
そう呆れたように告げるアフームの顔が急に固まる。
「……何だ?」
そして、彼女が何かに気がついたように空を見上げた、まさにその時だった。
ゴッ!!
「んなっ!?」
「なんだぁっ!?」
突如、天からアフームに赤い熱線が降り注いだ。
「ぐ……がぁぁあ!?!?」
何だ……!?この火力。並の魔法じゃあねぇ!?
まさか……この魔法はぁ!?
「召喚……魔法……!?」
スタッ
熱線が止むと同時に、ラインハルトの前に1人の女性が舞い降りる。
彼女の手には一対のクナイ。ピンクの少し癖っ毛の髪を揺らし、黒と白のメイド服に身を包んだ彼女はただ無言で目の前の魔人と相対する。
「おまえは……」
「……」
クルリとこちらを振り向いたのはエヴァ様の身の回りの世話をするメイド。
「なっ、何ですかあれ!?」
ラインハルトの背後に控える味方の兵が空を見上げてやけに騒がしい。彼も釣られて空を見上げると、そこには巨大な丸みを帯びた黒い魚が空を泳いでいた。
まんじゅうのように丸い体。その額から1本の紐のようなものが伸び、その先に提灯のようなマナの塊がぶら下がっている。
「あれは……」
聞いたことがある。エヴァ様に仕える3人の従者。雷光のアラン、百獣のパメラ、そして……。
「夜凪のアリア……」
魚の召喚術士……。存在が謎に包まれていたもう1人のエヴァ直属の戦士。
「……」
それが、こんな可憐な少女だったなんて。
「ははっ。まさかの召喚術士様のお出ましかよ」
熱線を受け切ったアフームはアリアに襲いかかる。
「術士は召喚獣を展開してる間、無防備になるんだよなぁ!」
空に浮かぶあれは奴の召喚獣だ。なら、今こいつは無防備ということ。
この女を叩けば私の勝ちだ。
「【灼熱発火】!」
「まずい、アリア殿!」
ラインハルトが声をかける刹那。
「……」
ブンッ
「な……」
アリアはするりと身を翻し、アフームの拳を回避。そして。
ドスン
「がへっ!?」
その背中。ランドルフの自爆で欠損した箇所へ、的確にクナイを叩き込んだ。
「……ぐ、あ?」
避け……られた?こんな女に……?
いや、まぐれだ。
「このっ!」
再びアフームはアリアに蹴りを放つが、アリアはヒラリヒラリとアフームの攻撃を見切り、少ない動きで回避。
そして、回避際に着実に傷を負ったアフームの体に攻撃を叩き込んでくる。
「なっ、何なんだお前!?」
時間にしてわずか十数秒。
ディアナ教の兵力がどれだけかけても傷1つつけられなかった魔人はアリアの手によってズタボロに切り裂かれていた。
「くっ…そがぁっ!!」
「……」
焦燥の渦に飲まれたアフームに対し、アリアは眉一つ動かすことなく手をかざす。
「ブォォォォォ……」
それと同時に天を泳ぐ召喚獣の額のマナが再び光を放ち始めた。
ゴッ!!
そして、その提灯のような部分から熱線が撃ち出される。
「おおお!【灼熱発火】!!」
回避は困難と判断したアフームは迫る炎をその拳で跳ね返す。
「……ぐ、なぁっ!?」
しかし、その圧倒的な火力にアフームの拳が悲鳴を上げる。
強い……!?
でも……負けられない。クトゥグア様の為……こんな所で引いてなどいられない!
「ま…けるかぁぁぁあ!!」
打ち負けそうになりながらも、アフームはその拳を最後まで振り抜く。
そして、見事アリアの攻撃を受け切って見せた。
「……ぐ」
炎の魔人であるアフームの拳が熱で溶解しかけている。何て威力の一撃なんだ。
ダメだ。時間をかけたら殺される。かと言って引く事だってできはしない。
残された手は……!
「ガァァァァァァァ!!!」
攻撃が終わった瞬間の特攻。
相手の予想を裏切るその一撃を持って、こいつを殺す……!!
「アリア殿!」
「……」
叫ぶラインハルト。
迫るアフームの拳。
殺れる……!
アフームがそう確信した、その瞬間だった。
「ひっ……」
人々に恐れ慄かれる存在。それが魔人。
振りまく恐怖と殺意で全てを支配する。クトゥグア様に……そして覇王様にそう教わった。
アフームもその圧倒的な力で数多の人間を屈服させてきた。
そうだと言うのに……。
「……」
目の前のアリアは再びすんでのところでアフームの拳を躱す。そして、おそらく武装召喚だろう。彼女のクナイに蒼い光が灯り、そのクナイを振り上げる。
その、アリアの顔は……さっきまで、感情なんて1つもなかった彼女の顔が。
まるで、アフームを刻むことを心の底から楽しむような、恍惚とした笑みを浮かべていた。
人々に恐れられるはずの魔人であるアフームは、その瞬間、人間であるアリアの姿に恐怖する。
ザンッ
そして、流れるように首筋にクナイが叩き込まれた後にアフームの意識は消えた。