クトゥグア討伐戦5【恥も外聞も】
ズシィィン……。
響く轟音と、揺れる暗い部屋。
もう外では戦闘が始まっているのは確実だろう。
「くそ……本当に早くなんとか抜け出さねぇと……!」
ソウル達は暗い部屋の中で、必死に脱出の手立てを考えていた。
しかし、魔人ですら封じてしまう魔封石の力に成す術もなく、ただ時間だけが刻一刻と過ぎていく。
「……ソウルさん、1つ私に提案があります」
しばらく鎖に繋がれたまま暴れていると、エヴァが何か思い詰めるような顔でソウルを見た。
「なんだ?」
「私の手を、斬り落としてください」
「はぁ!?何言ってんだ、できるわけねぇだろ!?」
まさかのエヴァの提案にソウルは堪らず悲鳴をあげる。
「でも、もうそれ以外に手が思いつきません」
「ま、待て待て!?仮にそれでここから抜け出せたとして、その後どうするんだよ!?そこからが本番だろ!?」
そう、脱出して終わりじゃない。そこからクトゥグアとの戦闘が待ってるんだ。腕を無くして充分に戦えるはずがないだろう。
「いえ。アリアの召喚獣の中には回復魔法を使えるものがいます。私が腕を切り落として2人を解放し、アリアの魔法でくっつけて貰えばいいのです」
「……っ!……っ!?」
白羽の矢をたてられたアリアは泣き出しそうな顔で首をふるふると横に振る。
その瞳は「流石に無理です!できませんよ!?」と訴えているかのようだ。
「え、エヴァ落ち着け!人の身体はそんなおもちゃみたいにできてない!!しかも仮にそれができたとして、腕を斬り落とした後どうやって俺たちを解放する!?」
「そ、それは……」
仮に繋がれた鎖を抜け出せたとして、それでもソウル達は檻の中。鍵も恐らくマシューが持ち出した。当然檻もそれを閉じる鍵も、全て魔封石。
恐らく召喚魔法でも破壊して脱出できないだろう。
「焦る気持ちは分かるけど、自暴自棄になってヤケを起こすな!こういう時ほど冷静になれ!」
「で、でも……」
きっと、オアシスの危機に何もできないことが歯痒くて仕方ないんだろう。
「くそ、何か……何か手は……」
この状況を打開する何かが……。
……ポタッ
「……ん?」
ふと、ソウルの耳に妙な音が聞こえたような気がする。
「2人とも、ちょっと静かに!」
「え?」
「……?」
ソウルは再度そっと耳を澄ませてみる。
ポタッ……ポタッ……。
「……水の音?」
はて……さっきまでこんな音鳴ってたっけか?
「……っ」
すると、アリアが何かに気づいたようにパッと上の方に目をやる。それに釣られるようにエヴァも何かの気配に気がついた。
「……誰か、います」
ここは、マシューの執務室の隠し部屋。エヴァでさえ知らなかった秘密の部屋だ。
そこに続くマシューの執務室に、誰かやってきた……?
「おーい!ここだ!!気づいてくれ!!」
ソウルは千載一遇のチャンスに繋がれた鎖をガチャガチャと鳴らし、声の限り叫び散らす。
「……っ!……っ!!」
ソウルに続いてアリアも声の代わりにその鎖を檻の鉄格子に叩きつける。
「無理です!こんな隠し部屋から叫んだところで聞こえるはずが……」
「腕斬り落とそうとしてた張本人が、こんなとこで潔く諦めんな!!目の前に少しでも可能性があるなら、しがみついてでもそれに賭けるべきだろ!!」
「……っ」
無駄に決まってる。
そうだと言うのにソウルもアリアもそこに示された可能性にすがる様に叫び続ける。
きっと、その姿は惨めなのかもしれない。無様なのかも。
だけど……そうだ。
今更何を……何が聖女……最高司祭……!そんなもの、今更どうだっていい!最高司祭の威厳の仮面?そんなもの捨ててしまえ!どんなに惨めでも、私は守りたいものを守りたいだけ。だったら今更そんなものに縛られてどうするの!?
すぅと、大きく息を吸い込んだエヴァは大きな口を開けて、そしてとても大きな声で叫ぶ。
「た…助けて!!私たちはここです!!そこにいるのなら、ここから出してください!!!」
「よし!いいぞ!もっとだもっと!!」
「も、もっとですか!?……きゃ、キャーーー!!!ここですー!!!助けてぇぇえ!!!!」
恥や、外聞なんか捨ててエヴァは全てを賭けて大声を上げる。
何かが吹っ切れたように助けを呼び求めるその姿は、きっとみんなが想像する最高司祭とはかけ離れたものかもしれない。
でも、その姿がソウルはそれでいい。むしろそれがいいと思った。
「よぉし!やるだけやるぞおおおおお!!!」
そして、ソウルがもう一度声をあげようと息を吸った、その時だった。
「【夜恋曲】!!!」
ゴッ!!
隠し部屋から外に続く天井の穴が大きな風穴を開ける。
それと同時に流れ込む暖かく、虹の光を放つ水飛沫。
「……え」
そして、唖然とするソウル達の前に1人の青年が舞い降りた。
金の髪に、優しそうな目をした彼。その瞳はまるで海のように深く蒼い輝きを放っている。
そして、その青年は3人の顔を見てにっこりと……とても自信に満ち溢れたような。
初めて出会った時とは別人のように笑った。
「お待たせ。助けに来たよ、ソウル」
「ヴェン!?!?」
ソウルはそこに現れた孤島の友人に驚きの声を上げた。




