クトゥグア討伐戦1【開戦】
日が西に沈みかけた頃。
オアシスはディアナの塔を中心に戦闘体制に入っていた。
円形のオアシスの街は南北に防御壁を展開。東側に戦火が及ばないようになっている。
そして、オアシス西方に住む住人は皆東側へと避難。街の西側にはアランを始めとした精鋭部隊が展開し、それをカバーするためにいくつもの魔導機隊が街を囲うようにスタンバイしている。
迎撃の準備は万全。後は奴が来るのを待つだけ。
深く息を吸いながら、紫の法衣をまとう男はその時を待つ。
「む……」
やがて、マシューは西方の方から歩み来る1人の人影を目にした。
赤い髪を揺らし、黒い骨のような鎧でその身を覆うその姿。ペテル様に聞いた通りの姿だ。間違いない。
「来たな……クトゥグア」
マシューは配置についた部下たちに指示を飛ばす。
魔導機の起動を開始した兵達は一斉にその狙いを迫りくるクトゥグアに定めた。
「我ら人類は……貴様らのような時代遅れの化け物如きに負けはせん。ゆくぞ……」
スッとマシューが手を挙げ、そして。
「開戦だ!!放てぇええ!!!」
ゴッ!!
マシューの号令と共に放たれる魔導機による砲撃。
これは砲撃手のマナをエネルギーとしてその力を増大。そして発射する【魔装砲】。
さまざまな色の光線が大地ごとクトゥグアを焼き払う。
ズドォォォォォォォォ……
震える地鳴りと響く爆破音。
地形はみるも無惨にその形を変えてしまうほどの威力だった。
「よし……」
完全な先制攻撃。
見事に直撃だ。さて、いかほどのダメージを与えたか?
「おいおい、何かしたか?」
「……なっ」
ところが、巻き上がる爆炎の中から何事もなかったかのように涼しい顔をしたクトゥグアが迫り来る。
「う、撃て!撃てぇっ!!」
何て丈夫な奴なんだ。だが、まだ距離はある。ここに辿り着くまでに少しでもダメージを与える。もっと近づけばより効果的な魔導機をぶつけることが……。
「随分とまぁ物騒なもんを持ってるじゃんか。それが平和の要シンセレスかよ?」
対するクトゥグアは拳を硬く握り、ギリギリと狙いを定める。
「行け、【灼熱発火】!」
ドンッ!!
次の瞬間。クトゥグアはその拳をオアシスに向けて振り抜く。するとその拳から紅蓮の火炎が放たれディアナの塔に迫る。
魔導砲から放たれる砲撃はその炎の熱に焼かれ、消失。その勢いを止めることさえできはしない。
「対魔法シールドを展開せよ!!」
ブゥン!!
すると、ディアナの塔に設置されている魔法シールドが展開され、クトゥグアの炎を弾き返す。
ビシィィッ!!
「ぐ……!?」
魔法シールド越しに伝わるクトゥグアの熱波。
魔法シールドも操縦者のマナを増幅させ、塔を守る結界を発動させる魔導機。
どんな攻撃でも防ぐことができる強力な盾を生み出すのだが……。
「まさか……あの距離からこれほどの一撃を……」
遠く離れた一撃だと言うのに魔法シールドにはヒビが入っていた。
「あーあー……めんどくせぇもん持ってんねぇ。あたしはもっとこうド派手にやっちまいたんだよ」
やれやれと肩をすくめるクトゥグアは身体からボウッと炎を吹き出す。すると、それは見る見る人の形へと姿を変えた。
「アフーム、ザー。先行してあのよく分かんねぇ武装を破壊してこい」
「はい」
「承知しました、クトゥグア様」
放たれた2体の眷属はそれぞれ左右に展開し、北と南に回り込もうとしてくる。
「く……まさか、他にも仲間がいるのか」
だが、恐らくクトゥグア程危険な奴ではない。ならば……。
「アラン!お前がクトゥグアを抑えよ!他の者は左右に分かれた奴の手下をやれ!」
マシューも次の指示を飛ばす。
魔導機はこのディアナの塔……オアシスの生命線。これがやられれば負け。
ならば、最優先で奴の手下を倒し、魔導機を守る。そして再びクトゥグアに砲撃の雨を降らせるのだ。
その為にはなるべく少数でクトゥグアを足止めしておく必要がある。
さぁ、見せてみよ【雷光】よ。お前の力をここに示せ!!
ーーーーーーー
「お前がクトゥグアか?」
「あー?あんた……まさかあたしを1人で相手するつもりか?」
住宅街に入る手前で、クトゥグアの前に立ちはだかる1人の男。
その紫の髪を揺らし、稲妻のような鋭い眼光でクトゥグアを睨みつけてくる。
「おいおい。流石にこれじゃ遊びにもなりゃしねぇよ。待っててやるからもっと仲間を連れてきなって。じゃないとあんた、一瞬で骨すら残んないぜ?」
「ふん!たかが魔人の分際で!お前の相手など、私1人で十分!むしろ舐めてかかると一瞬で決着がついてしまうぞ!」
男のあまりに厚顔無恥なその言葉を聞いたクトゥグアは呆れてしまう。
「ほーん……だったら教えてやるよ」
その瞬間。クトゥグアは赤い閃光となって姿を消す。
「お前の無力さってやつをな!」
そして、一瞬でアランの背後に回り、その拳を振り下ろした。
「ふぅん!」
対するアランはヒラリと身を翻し、攻撃を回避。
背に燃えるような熱風を感じつつ、アランは詠唱を始めた。
「我が心に応えよ!その雷光を持って我を阻む障害を穿つ刃となれ!」
「へぇ、その詠唱はまさか……」
アランの放つ詠唱に、クトゥグアは心当たりがあった。
かつての敵……覇王様が封じられた後、十数年続いた戦いの時代で、我らの障害となったその力。
覇王様を縛る憎きその力の一柱。
その力が今再びクトゥグアの前に立ちはだかる。
「【雷聖剣】のマナ!【レーヴァテイン】!!」
アランの身体から放たれる紫電のマナ。それは彼の右手へと収束し、彼の聖剣の形へと姿を変えた。
その剣の姿は双刃剣。槍のように長い金の持ち手とその両端に光る一対の紫の刀刃。その刃にはバチバチと紫電の雷光が鳴いている。
「へぇ……てめぇ聖剣使いかよ」
クトゥグアは目の前に現れた聖剣使いの存在に焦るどころか、とても愉快そうに笑う。
「ちょっとは楽しませてもらえそうだなぁ!えぇ!?雷聖剣!!」
「おまえの相手などこの私1人で充分だ、さぁ、かかってくるがいい!!」
ゴッ!!
アランはレーヴァテインを体全体を使って振る。対するクトゥグアは……。
「っ!?」
回避どころか、防御の姿勢すら見せなかった。
ザンッ!
肩から腰にかけて真っ二つに斬り裂かれるクトゥグアの身体。
「おぉ!」
「アラン殿がやったぞ!!」
それを見ていたディアナ教の兵士たちから歓声が上がる。
「何だよ、マシュー様の言う通り【10の邪神】なんて、大したことないじゃないか!」
違う……。
だが、クトゥグアを斬ったアラン本人は強い違和感を感じていた。
手応えが……ない!?
「はぁい、ゲームオーバー」
倒れるどころか、痛みすら感じていないような余裕の表情でクトゥグアは笑う。
そして、状態が泣き別れしている状態でレーヴァテインを振って隙だらけのアランに向けて手をかざす。
「【爆裂】」
ドンッ!!
その瞬間。クトゥグアの手が爆発した。