エヴァの本音
自身の過去を語り終えたエヴァはグッと歯を噛み締めながら天を仰ぐ。
「……私は最高司祭として魔人に勝たねばならない。ペテル様は私にその意志と魂を預けてくれた。だからペテル様の遺志を継ぐ者として戦い続けてきました。悲しい思いをさせない為に、そして多くの人々が笑って過ごせる未来を繋ぐ為に」
ガシャンッ!と、エヴァは苛立ちをぶつけるように自身に繋がる鎖を殴る。
「それが……どうしてこんな事に。私はこんな所で止まってなんていられないのに。みんなが苦しむことのないように戦わなくてはならないというのに……!」
「エヴァ……」
これが、エヴァの抱えてきた過去。
託された重すぎる使命と、想い。
それに従って直向きに走ってきた果てにあったのが、マシューの謀反。
エヴァが身を削って戦ってきたことが、全て無駄になった。
「何のために……私は今日までやってきたのでしょう。もう……終わりです」
「待てよ、まだ……」
「いいえ……終わりなんです。ソウルさん」
俯いたままエヴァは驚くほど冷たい声で告げる。
「もう……疲れたんです。頑張って、考えないようにしてきました。必死に走って走って……走って走って走って走って!見ないようにしてきた。でも、やっぱり今回の件ではっきりしました。私に、最高司祭は重すぎる」
エヴァは、これまで溜め込んできた積年の想いを吐露する。
「誰も……私についてきてくれなかった。ついてきてくれた信頼できる者は……みな倒れていった。私の中には今ペテル様を入れて5人の魂が宿っている。皆私を信じて戦って……死んでいった大切な仲間が……そして友人が」
「5人も……」
その重みにソウルは息を呑む。
ソウルだって、3人の大切な人を失った。それ以上の苦しみと責務を彼女はずっと抱えて生きてきたのか。
「えぇ……。分かっていました。けれど、やっぱり私には耐えられなかった。だから私は最高司祭としての仮面を被った。心を通わせれば、彼らは無理をする、死なせてしまう。だから私は近付き難い存在になることを決めた。私のために死ぬ者がでないように……誰も信用せず、表向きだけ綺麗な仮面を被って、聖人のフリをした。その結果がこれです」
エヴァは自身を嘲り笑うようにそう言うと、ガンと牢の鉄格子に頭をぶつけた。
「だから、誰も助けになど来てくれない。パメラとアランだって、私はずっと距離を置いてきた。必要以上に深く繋がらないように……そうなってしまえば、きっと彼らの身を滅ぼしてしまうと……そう思ったから」
そう。私は彼らに本音を語ったことはない。いつでも最高司祭としての私。
私は彼らに信用されていないだろう。
私が最高司祭という立場だからついて来てくれているに過ぎない。だって、それ以外の姿を私は彼らに見せたことがないのだから。
きっと、本当の私を見せてしまえば彼らは幻滅してしまうに決まっている。
その時だった。
「……がう」
「……え?」
エヴァは目を見開きながらアリアに目をやる。
「ち…がう……!ちが…い…ます……!!」
「アリア!?」
「お前、声を!?」
これまで、声をなくしていたアリアが初めて声を発した。
今にも消えそうな、儚いほどの声だけれど、その声はしっかりとエヴァとソウルの耳に届く。
「エヴァ…様……。わたし……見てきた。あなた…誰よりも……努力してきたこと……。エヴァ様……は、私の過去を…知った時。私のために……泣いてくれ…た!パメラ…も、アランも……同じ!」
喉が張り裂けそうなのか、ゴホッゴホッと咳き込みながらも、アリアは懸命に告げる。
「エヴァ様…。私達、あなたのこと信じ……てる。他の誰でもない……あなたが最高司祭でも、そうじゃなくても……ついてく…決めた。だから……あなたは、1人じゃない」
「ア…リア……」
懸命に叫ぶアリアの言葉にエヴァは胸が締め付けられる。
「必ず……助け、来るから。パメラ…アラン。絶対にあなたの事見捨てない!だから……だから!」
「……だ、そうだぜ?エヴァ」
アリアの必死の叫びを聞いて、ソウルはにっと笑みが溢れた。
「エヴァ。確かに、あんたのことをよく思わない奴はいるかも知れない。でもさ、あんたの事をこれだけ大切に思ってくれる奴だっているって事を忘れちゃダメだ」
そう……ソウルだってそうだった。
1人で全てを抱え込もうとした時に、支えてくれる人がいた。
帰りを、待っててくれる人がいた。
そして……その命をかけてでも、想いを託してくれる人がいた。
「1人で戦わなくてもいいんだよ、エヴァ。お前がみんなを守りたいと思うように、みんなだってエヴァを守りたいって思ってるんだから……その事を、忘れちゃダメだ」
「で、でも……」
「助けてもらったなら、その分また助けたらいいんだよ。1人で抱え込む方が、待ってくれてる人は心配するんだぜ?」
まぁ、これもソウルが辿った道だから人のことを言えたあれじゃないんだけど。
「……」
やがて、アリアの懸命な叫びとソウルの言葉を聞いたエヴァはふぅと小さく息を吐くと、まるで重い荷物を下ろしたかのように肩の力を抜く。
「……ありがとう、2人とも。少し、私は自分を追い込み過ぎていたのかもしれないですね」
「そうだぜ?全く、しっかりしてくれよ。これから一緒にやってくってのに、そんなんじゃこっちが不安になっちまう」
「……え?」
ソウルの言葉にエヴァはポカンとしている。
「イーリスト国を捨てるなんてことはできないけど、俺にだって守らなきゃならねぇもんがたくさんある。そのために協力しよう、エヴァ」
「ソウルさん……」
そうだ。エヴァの話を聞いて、彼女の想いは本物だと分かった。
そんなエヴァに協力しないなんて、間違ってる。
守りたいものを守るために。きっと俺達の想いは同じなはずなんだ。
「勝つぞエヴァ。まずは【劫火のクトゥグア】からこの街を守る!」