エヴァの過去2【定められた宿命】
ペテル最高司祭と共に食堂にやって来たエヴァとオリビアにシスターが紅茶を淹れてくれる。
「も、申し訳ございません。あまり良い茶葉では無いのですが……」
「いえ。お気遣いなく。とてもおいしいお茶ですね」
そう言って紅茶を啜ったペテルは改めてじっとエヴァの方を向き直って口を開いた。
「それじゃあまず、君の力のことから話を始めようか」
「力……ですか?生憎ですけど私はロクに魔法も使えないような程のマナしか持っていませんよ?」
魔導霊祭で、光のマナがあることだけは分かったけれど魔法の力に目覚めることは無かったはずだけれど。
「いいや。それはまだ君に力が宿っていないだけさ」
「力が宿っていない?」
よく分からないペテルの言葉にエヴァとオリビアは首を傾げる。
「そう、君の力は特別なもの。君は【天使の召喚術士】なんだ」
「て、【天使の……】」
「【召喚術士】……?」
ペテルの言葉を2人で反芻する。
召喚魔法。
それはこの国で神聖視される伝説の魔法の力。
長らくその力に目覚めたものはいないと聞いていたが……。
「ま、待ってください!私、さっきも言いましたけど魔法が使えないんです!だからそんな神聖な力を持ってる筈なんかない!!」
ガタンと椅子から立ち上がりながらエヴァは告げる。
当然だ。牧場の中で平凡に。これまで魔法とは無縁の生活を送って来た私に、突然そんな力があると言われたって信じられるわけが無い。
「きっと、人違いです!何を根拠に私がそうだと言うのですか!?」
「君の、髪と瞳だよ」
ペテルはじっとエヴァの顔を見つめながら答える。
「ディアナの塔のことは知っているかい?」
「は、はい。魔導霊祭の時に見たことはありますけど……」
天にまで届くあの巨大な塔。ディアナ教の本拠点だ。
「何故、ディアナの塔があれほどの高さに建設されているか知っているかな?」
「い、いえ……その力を誇示するためですか?」
「はっはっは。それもある。だけどね、最も重要な役目は【天空の都】と下界の橋渡しをすること』だったんだ」
「【天空の都】……?」
そんなの聞いたこともない。
「浮遊しこの世界の空を巡回していた空飛ぶ国【ヴァルハラ】。そこは天使の一族が暮らす飛行島だったんだ」
「嘘!?島が空を飛んでいたんですか!?」
空飛ぶ島!?そんなの御伽噺みたじゃないか。
「事実さ。とある2つの力を守るために天使の一族は空に上がり、その存在を隠して来た。そんな彼らが残した地上との最後の繋がりが【ディアナの塔】だったと言う訳さ」
ディアナの塔を天に届くほど高く建造したのは文字通り天を飛ぶヴァルハラと交信するためだという。
「2つの力?それは一体何なんです?」
話を聞いていたオリビアがペテルに尋ねる。
「そう、2つの力。それは【天使の召喚術士】と光の聖剣【エクスカリバー】の力さ」
「【天使の召喚術士】と……【エクスカリバー】?」
待って、どういうこと?じゃあさっきペテル様が言った【天使の召喚術士】の力は天使の種族によって守られているはず。
なおさらエヴァには関係のない話のように感じられるが……。
「じゃあ……そのヴァルハラは今どうなっているんです?」
何かに気がついたオリビアは核心をつくようにペテルに問いかけた。
「さっきから、『だった』って……まるでそれが昔の話のように話しています。じゃあ、今ヴァルハラはどうなっているんです?」
「……オリビアちゃんと言ったね。君は鋭いなぁ」
感心したようにペテルはフッと笑うと、真面目な顔になって告げた。
「滅んだんだよ。ちょうど10年前、覇王側に寝返った悪魔の一族の襲撃にあってね」
「え……」
滅んだ……?
「当然、天使達も懸命に戦った。だが、覇王のとある魔人が協力したせいでほぼ一方的な虐殺だったらしい。けれど、天使達もただでやられた訳じゃない。彼らは守るべきものを守るために、その力を宿した2人の赤子を逃したんだ。1人はシンセレス国に、もう1人はイーリスト国に……ね」
「ま、待ってください!じゃあ……!」
「そう……君がその赤子の片割れ。【天使の召喚術士】の力を引き継ぎ、【ヴァルハラ】から逃げ落ちた赤子なんだ」
そして、ペテルはエヴァに語った。
覇王復活の危機。それを為そうと暗躍する【10の邪神】の存在。
そして、世界を守るために召喚術士が戦わなければならないという運命を。
ーーーーーーー
話が終わった後、エヴァは頭が真っ白になった。
「……嘘。だって…そんなの何の証拠も」
「証拠ならある。まずは君のその金の瞳と金の髪。それは天使の血を引く者の証だ」
「た、たまたまです。だって私は……」
「そして、10年前。君をこの孤児院に預けた者のことは覚えているね?シスター・ミア?」
「……っ」
指名を受けたシスターはギリリと歯を噛むが、やがて諦めたようにポツリと告げた。
「……はい。10年前のあの日。酷く雨が降っておりました。血塗れの金髪金眼の美しい女性が、エヴァを私に預けてそのまま……。その時に、彼女は言いました。『【天使の召喚術士】の力はここに預ける。どうか、ディアナ教の最高司祭様へ』と」
「……っ」
「そう。それが君だよ、エヴァ」
嘘だ……だって、私はただこれまで普通に暮らして来ただけだ。
それが……何?いきなり戦乱を巻き起こそうとする魔人。復活の時を待つ覇王。
私がそれに立ち向かう為の力を持った……魔法使い?
「待ってください!」
何をどう答えたらいいのか分からないエヴァの代わりに、隣で話を聞いていたオリビアが声を荒げる。
「そんな……そんなの、何かの間違いです!だって……だってエヴァは、普通の女の子ですよ!?優しくて、笑顔が素敵で……。4年前、森を焼かれて孤独だった私にも手を差し伸べてくれた」
そう語るオリビアの瞳からはポロポロと涙がこぼれ落ちていた。
「何が使命ですか?何が【10の邪神】ですか!?そんな、そんな苦しい道なんてエヴァに歩いて欲しくない!!この娘は普通の人生を歩むんです!!普通に楽しく笑って牧場で仕事をして、いつかひとり立ちして……恋をして、結婚して子どもができて……。そして穏やかに死んでいく。心優しいエヴァには、そんな人生が似合ってる!!そんな世界を巻き込むような戦いになんて行く娘じゃない!!」
「オリビア……!」
オリビアの言葉にエヴァはジワリと胸が熱くなる。
「ダメだよ、エヴァ!行っちゃダメ!!こんなの馬鹿げてる!!そんな危険な相手と戦うなんて、エヴァが死んじゃう!!」
オリビアはエヴァの肩を掴みながら真剣にそう言ってくれた。
「……確かに、辛く険しい道がエヴァには続くだろうね」
「知ったことを言わないで!!エヴァをそんなところに連れては行かせない!!帰って!!」
最高司祭。この国の頂点に立つペテルは相手に怯むことなくオリビアは叫ぶ。
そんなオリビアを見てシスターは顔面蒼白になりながら固まってしまっていた。
「そうだね。強制はしない。意思もないのに無理やり連れ出すことは、私たちだって望まない。約束しよう」
そう言ってペテルは再びエヴァに向き直る。
「だけどね……約束の日はもう過ぎた。つまり何もしなければ覇王は復活し再び世界は戦乱に包まれるだろう。そうなった時にはもう手遅れなんだ。君の大切な人はその戦火に巻き込まれ無事では済まないかもしれない。今ならまだ、間に合うかもしれないんだ」
「……っ」
エヴァの頭に大切な人たちの顔が浮かぶ。
シスター・ミア、牧場のドンさん。孤児院の皆……そして、オリビア。
その大切なみんなが……死んでしまうかもしれない。
でも、私が戦えば……。
「っ!ダメよエヴァ!!聞いちゃダメ!!」
オリビアは泣きながらエヴァを抱きしめた。
「ずるい……!こんなの脅迫じゃない!!エヴァの優しさを利用して……ずるいよ……!!」
「……あぁ、そうさ。大人はずるいのさ、オリビアちゃん」
少し罰が悪そうな顔をしながらもペテルはなおも続ける。
「でも、事実さ。それを教えずに選択させるのはもっとずるいと思ったまでだよ」
そしてペテルは立ち上がるとそのまま食堂を出る。
「明日、また来るよ。その時に返事を聞かせてもらえるかな?」
「……は、はい」
エヴァの返事を聞いたペテルは申し訳なさそうな顔をして孤児院を後にした。