エヴァの過去0【牢の中で】
薄暗い牢の中でソウルとエヴァ、そしてアリアの3人は鎖に繋がれていた。
「く、くっそ……!」
ガチャガチャと鎖を解こうと暴れてみるも、てんで外れる気配はない。
ソウル達を縛る鎖は普通の鉄よりも重く冷たいように感じられる。
「無駄です……。その鎖も魔封石によって作られています。魔封石はそこらの鋼鉄よりも硬く冷たい。魔人にだって壊せはしません」
「くっそ……面倒なもんだな魔封石って」
おまけにマナも吸われるし、厄介な代物だ。
「魔封石も、かつての魔法大戦時代に錬成された対魔人への拘束具です。その性質上、魔法大戦が終わってからは人間相手に使われるようになったそうですが……」
「……そうなのか」
魔封石……これもまた魔法大戦だったのかよ。
「数多くの人心を外れた兵器や禁術が作られた暗黒の時代……もう、そのような時代を繰り返すわけにはいかないのです。だからこそ覇王の封印を解かせるわけにはいかない。その前にその眷属である魔人達を倒してしまわないと……」
「エヴァ……」
本当に、エヴァは覇王の復活を阻止したいのだろう。しかし、それも何故かとても焦っているようにも見えた。
「なぁ、なんでマシューは裏切ったんだ?仮に馬が合わないとしても魔人なんて強力な敵を倒すために力を合わせればいいのに」
そんな違和感を感じつつソウルはエヴァに問いかける。
マシューも魔人と戦う意志があるのは先程のやり取りで分かった。
ならなおのこと、協力して立ち向かえばいいものを……どうしてエヴァをこんな対魔人兵器みたいな牢屋にぶち込むようなことをしているのだろうか。
「簡単なことです。マシューは私の事を……いえ、もっと言えば古い習わしに囚われたこのディアナ教の内情に納得がいっていないのです」
そう言ってエヴァは脱力したように牢に背中を預けて天井を見上げる。
「……本来、マシューが最高司祭となるはずだった。けれど、【天使の召喚術士】である私が現れたことで先代の最高司祭様が私を次期最高司祭へと担ぎあげたのです。マシューからして見れば、納得いかないことこの上ないでしょう」
エヴァもジャンヌと同じような境遇なのか。本当に2人には共通することが多いと感じる。
「ですので、この戦いは言わば革命。魔法大戦が終わって1000年の間で技術は進歩しました。もう昔の召喚術などといった力に頼らずとも魔人に勝てるのだという事を証明したいのだと思います」
「……馬鹿げてる」
別に、魔人に対抗できる事を証明したいなら勝手にやればいい。でも今回は訳が違うだろう?
失敗したら、多くのオアシスの人間が死ぬことになるんだぞ?
「……ですが、時々考えるのです」
すると、エヴァは俯きながらそんな事をこぼした。
「本当はマシューの言うことの方が正しいのではないかと。私は過去の…先代最高司祭様の言葉に固執しているだけで最高司祭になど相応しくないんじゃないかと……」
「エヴァ……」
普段の姿とは違い、自信がなさそうな顔で俯く彼女の姿にソウルは戸惑う。
「笑いますか?ソウルさん。あなたを連れ出すという暴挙に出た私が、実はただの人だったことに……。私だって所詮人の子。私は最高司祭なんて相応しくなかったと」
「……そんなの、やってみなきゃ分かねぇとは思う。だけど、1つだけはっきりしてることがある」
ソウルはそんなエヴァの顔を見つめながら告げる。
「エヴァは街のみんなのことを守ろうとした。でもマシューは違う。街の人たちと自分の有用性を誇示することを天秤にかけた上で、自分の事を優先したんだあいつは。だから、上に立つべきなのはマシューじゃない。エヴァだと思うぞ」
「……っ」
ソウルの言葉を聞いて、エヴァは目を丸くする。
そんな彼女にソウルはまた言葉を続けた。
「これは受け売りだけどさ。例えどんな力を持っていても、それは所詮力でしかないんだって。肝心なのは使い手の『心』だ。あんたはいつだってみんなのことを優先して動いてる。そんなあんただから街の人たちもエヴァを慕ってるんだぜ?」
まだ、このオアシスに来て日は浅いかもしれないけれど、エヴァが街の人達に慕われていることだけはよく分かる。
きっと、それは力があったからとかそんな理由じゃない。これまで彼女が積み上げて来たものの結果だろう。
「……それでも、力を持たなかったら私は何にもなれなかった。ただの、孤児だった」
それでも、エヴァはギュッと自身の身体を抱きしめる。
「あの日、あの時。連れ出したのがあの方じゃなかったら……オリビアが私の事を追いかけて来てくれなかったら、私は何もできない形だけの最高司祭……いや、むしろその方がよかったのでしょうか……?」
「……っ」
そんな失意に落ちるエヴァを見て、アリアは涙目になりながら首を横に振った。
「……ごめんなさい、アリア。少し気弱になっていました。なんとか状況を打破するために動き始めましょう」
落ち込む自分を誤魔化すように、またエヴァは首を横に振る。
その姿が、彼女にまた【最高司祭】という名の仮面を被らせたような姿に見えた。
直感的に、ソウルはダメだと思った。
ここで、彼女にその仮面を被らせてはダメだ。
今この瞬間を逃せば、きっと彼女は未来永劫その仮面を剥がせなくなる。
けれど、こんな出会って日の浅いソウルに一体何ができる?
自分自身の向くべき方向すら見えないソウルが彼女に何をしてやれる?
しばし頭を悩ませたソウルは仮面を被ったエヴァに向けて言葉を紡ぐ。
「……なぁ、一体あんたらに何があったんだよ?それに、オリビアのことも……俺はまだ何も聞かされちゃいない」
ソウルはズカッと床に座り込むと、じっとエヴァを見た。
「もしよければ……聞かせてくれないか?この国のこととか、あんたの事とかオリビアのこととか」
「で、でも今はそんなことをしている場合じゃ……」
完全に座り込んでしまったソウルを見てエヴァは焦ったように告げる。
「正直……俺は今何も分かんねぇ。エヴァのことも、オリビアのことも。まだ整理がついてないんだ。エヴァもだろ?迷ってるように見える。迷いがあるまま戦いに出たって、きっと力を出し切れない。だから、焦る気持ちは分かるけどここは一旦腰を据えて考えてみようぜ?あんたのしてきたことが間違いだったのか、これからエヴァがどうしていくべきなのかを考えるためにも……さ」
そんなソウルの提案にエヴァはポカンと口を開けたまま固まっている。
だが、しばしの沈黙の後。エヴァはフッと肩の力が抜けたようにその場にペタンと座り込んだ。
「……あなたは不思議な人ですね、ソウルさん。焦ってばかりだったはずなのに、今は何故か少し落ち着いたような気がします」
そして、エヴァは過去の記憶を掘り返すように瞳を閉じる。
あぁ、そうだった。いつからだったんだろう、私があの頃のことを思い出す余裕がなくなってしまったのは。
あの、貧しくも輝かしい、夢と希望に満ちたあの町のことを考えることも忘れてしまっていた。
「よければ、聞いて貰えませんか?ソウルさん。私のここに来るまでの話と……そしてあの子、オリビアの話を。ソウルさんには知っていてもらいたいんです。何故そう思うのかは分かりませんが……それが、とても重要な気がするのです」
そう言ってエヴァは語り始める。
エヴァがまだ最高司祭となる前の話。
エヴァがまだ村娘だった頃の何の変哲もない話を。