表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
637/1167

劫火のクトゥグア

 とある暗闇に包まれた城の中。男は椅子に腰掛けながら1人静かに瞳を瞑っていた。


 溶けるような静寂の中。まるで自分自身も闇に一体化してしまったような……そんな気がしてくる。


 彼はこの時間が好きだ。1人静かに過ごす、この瞬間が。




 ドンッ!バリバリバリッ!!




 しかし、その静寂は突如鳴り響く爆裂音と共に終わりを迎えることとなった。



「おい!クトゥルフ!!どーいうこったこれは!?」



 扉を蹴り破りながら入ってきたのは真っ赤な燃えるような長髪をした女。


 その身には一切の服を着ておらず、代わりに黒い骨のような鱗が鎧のように彼女の身体を覆い隠している。


 彼女はそのまま彼の元へと飛びかかり、その机をドカンと言う音と共に破壊した。



「……ふ。そろそろ来る頃だと思っていたぞ、クトゥグア」



 しかし、彼クトゥルフは全く動ずることなく静かに瞳を開く。



「聞いたぞ。あの召喚術士がついにシンセレスの奴と接触したってな!舐めてんのか!?爆破されてぇのか!?」



 そう言いながら彼女は亡骸となった机にさらに追い討ちをかける。


 もう机はメラメラと炎をあげて原型すらも留めていない。



「仕方がないことだ。まさかあの【天使】の娘があのような強硬手段をとるとは思ってもみなかった。鳥籠の中に閉じ込められたか弱い雛鳥かと思っていたが……いやはや、人とはやはり面白いものだ」



「んなお前の趣味の話をしてんじゃねぇよ。このままじゃあやべぇって話しだろが!?分かってんのかこのタコ野郎が!!」



 消しクズとなった机の破片をめっちゃくちゃに踏み鳴らしながら目の前の女クトゥグアは怒鳴り散らす。


「ふん。ならばあれか?貴様は魔人でありながら人に遅れをとると?それでその焦りようか」


「相変わらずヘラねぇ口だなぁ、おい。あたしが言いてぇのは確実に覇王様を復活させるのに今の状況はよくねぇってことだよ!」


 暗闇の中に彼女の叫び声が響く。まぁ、分かっていたことだ。



「ぅうるさいなあ……」



 すると、部屋の隅の方からモソモソと気だるそうな声が聞こえてくる。



「何だいたのかツァトゥ。相変わらず陰険な奴だなお前は」



「きぃみがうるさすぎるんだよ……。べつに、良いじゃあない。たぁとえ人間どもが何をしたって僕らの敵じゃあない。だぁから僕は眠るんだぁ……その眠りを妨げるんならぁ……ここでやるか?」



 その言葉と共にバチリと暗闇の中で稲妻が光る。



「……けっ。やんねぇよ。あたしは覇王様のためにこの身を捧げたんだ、文字通りな。だからその覇王様のためにあたしは動く。邪魔はさせねぇよ」



 そう言ってクトゥグアはクルリとその身を翻す。



「一応聞いておく。何をするつもりだ?」


「簡単だ。あんたらがやらないってんならあたし自ら奴らを叩きに行く。どうせ隣の国なんだ、簡単だろ?」



 ふぅ、とため息をつきながらクトゥルフはクトゥグアを見返す。


 相変わらず思慮の足りない馬鹿な女だ。


 だが、燃え盛るような彼女の性格上、こうなってしまえばもう止めることは叶わないだろう。



「一応言っておくが、そこには今それ相応の戦力が固まっているぞ?【獣】に【魚】、【天使】の術士と【虚無】。それに加えて【火】と【雷】の聖剣もいる。お前1人で何とかできるのか?」



「はん。聖剣ったって【解放】もできない半端もんだろ?それに【天使】はともかく【魚】と【獣】なんて低俗な術士にやられやしねぇよ。【虚無】だってまだ完成してねぇんだ。むしろやるなら今だとあたしは思うけどね」



 そう言ってクトゥグアはギラリとクトゥルフを睨む。



「あんたも来いよ、クトゥルフ。ここで奴らを潰しちまえばそれでしまいだろ?」



「……断る、それは美しくない。覇王様復活の宴はもっと華々しくやるべきだ。お前の無粋な暴力などと言った真似などに乗る気はない」



「……ほぉ?」



 その時、メラメラとクトゥグアの身体から赤黒い炎が巻き上がる。



「【灼熱発火】!!」



 ゴッ!!



 直後、部屋に響く爆音。迸る炎熱に吹き飛ぶ壁。


 目を剥くような激しい業火がクトゥルフに襲いかかった。




「……相変わらず直情的な奴だ」




 しかし、黒煙の中から何事もなかったかのようにクトゥルフが現れる。



「はん。どうせあんたはこの程度じゃ死なねぇだろ?」



 そんなこと、分かりきっていたかのようにクトゥグアは鼻を鳴らすとそのまま部屋の外へと歩き出す。



「ま、一応あたしらのリーダーってことになってるからな。一応言ってから行こうと思っただけだ。いいな?」



「勝手にしろ。だが……」



 そんな風に歩き去るクトゥグアにクトゥルフは警告する。




「くれぐれも……足元を掬われるなよ?」




「舐めんな。あたしを誰だと思ってる?【劫火のクトゥグア】様だぜ?」



 そう言い残してクトゥグアは部屋を後にした。



ーーーーーーー


「おい、アフーム、ザー。来い」


 暗闇の廊下を歩きながらクトゥグアは自らの僕しもべの名を呼ぶ。



「はい。クトゥグア様」


「我々はここにおります」



 すると、何も無い暗闇から青い炎に身を包んだ2人の少女が現れる。


 2人の容姿は双子のようにそっくりで、髪はまるで炎そのもののように燃え上がる。そして、その体はクトゥグアと同様に硬い鱗のようなもので覆われていた。



「戦だ。これからシンセレス国に乗り込むぞ」



「っ!はい!お供いたします!」


「それは……久々で、このザー楽しみでございます」



 主人から戦の知らせを聞いた2人はぶるるっと身震いをする。それは長らく檻に押さえられていた獣が自由を手に入れた時のようで、闘争心丸出しの武者震いのようだった。



「待て」



 すると、その時暗闇の向こうから1つの声が響いた。



「その戦……この私も加えろ」



 そこにいたのは闇よりも暗い鎧に身を包んだ1人の男。



「てめぇは……」



「黒騎士かよ……」



 すると、クトゥグアの下僕の2人はギリリと歯をむき出しにして敵意を丸出しにする。



「複数名の召喚術士を相手取るのだろう?ならば少しでも戦力が欲しいはずだ。私もそのシンセレス国に用がある奴がいる」



 黒騎士の言葉を聞いたクトゥグアは眉を顰める。



「なぁ、あんたは確かに良い男だし王のお気に入りだ……でもな?」



 次の瞬間、クトゥグアがシュンッと姿を消し、黒騎士の背後に回り込むと、その首目掛けて拳を放った。



 ギィィィン!!



 しかし、完全な死角から放たれたその一撃を、黒騎士は腰に差した剣でしっかりと受け止める。



「あたしは、あんたの事を信用してない。きな臭いんだよ。魔人でもないあんたが、一体何のためにここにいてあたし達に協力してる?」



「確かに私は私の目的のためにここにいる。世界を導くという使命のためにな。だが、その過程は互いの利益となるはずだ」



「だから、その目的をあたしに教えろってんだよ。そんな訳の分かんねぇ奴を連れて行けるか」



「ならば、勝手にさせてもらおう。ここの決まりは覇王様のためになるのであれば何をやってもいい。自由意志のもと動いていいのだろう?」



「……」



「……」



 ビリビリと互いの殺気で空気が震える。そのあまりの迫力にクトゥグアの下僕の2人もたまらず震え上がってしまう。



「……ちっ。勝手にしろ。どうせ止めたって来るんだろ?」


「流石クトゥグアだ。よく分かってるじゃないか」



 そう言って黒騎士は肩をすくめる。



 ちっ。相変わらず何を考えてるか分かんねぇ奴だな。



「おい、待ちなさい。そこに……シンセレス国に【火聖剣】はいるのか?」



 そこにまた重ねられる怨恨のこもった声。


「やれやれ……お前が嗅ぎ付いてくるとは……面倒なことになりそうだな」


 その声の主に黒騎士はたまらずため息をつく。


「どうなんだ?クトゥグア!?」


 そこにいるのは【闇の聖剣】の使い手アイリスだった。


 そうか、こいつは【火聖剣】に因縁があるんだったな。確か腹違いの姉妹……。力に溺れ、力に狂った男が産んだ悲劇。


 あの由緒正しいヴェルグンド家も堕ちるところまで堕ちたものだ。


 そして、アイリスはその姉に滅多打ちにされたのだったな……。


 自身の過去を思い浮かべながらクトゥグアはふっと笑みをこぼす。



「いいぜ。来いよ、そんであんたの姉ちゃんとやらをやってやんな!あたしも協力してやるよ」



「流石はクトゥグア……分かってますね……!」



 あやしい笑みを浮かべる魔人と聖剣使い。


 そのやりとりを隣で眺めながら黒騎士は笑みを浮かべる。



 さぁ……見せてみろシン・ソウル。お前の力で私達を退けてみせるがいい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ