魔獣の起源
「ソウルさんは、魔獣についてはどこまで知っていますか?」
エヴァはおもむろにソウルにそう問いかけてくる。
「たしか……マナで動く生き物だっけ?寝たり飯食ったりしないよく分からない生き物だって聞いた」
サルヴァンにてレグルスから聞いた説明を思い出しながらソウルは答えた。
「その通りだ、詳しいではないか!」
うんうんと力強くアランは頷く。
「そうですね。正確には【マナで動く】のでは無く、【身体がマナで構築されている】のです」
「マナで構築……」
なるほど……確かに言われてみればそう言われるほうがしっくり来るかもしれない。だから身体を作るために食事をする必要もないのだろう。
奴らを倒した後はボロボロと崩れ去るのもそれが理由なのだろうと考えれば腑に落ちる。
「……まるで、召喚獣みたいだね」
そんなみんなのやり取りを聞いていたシーナがふとそんなことを口にした。
「うん。シーナちゃんいいところついてるの」
「……え?」
それを口にした当の本人はポカンとしている。
「そう……【魔獣】と【召喚獣】。何か通ずるものはございませんか?」
「そう言われれば……」
確かに、言われてみればその2つには色々と共通することがあるような気がする。
身体がマナでできていることや、イグの操る【魂縛の鎖】が魔獣だけでなく召喚獣にも効くということ。
それに、今思い返してみればこれまで戦ってきた魔獣達にはそれぞれ特殊能力のようなもの……召喚獣の【保有能力】のようなものがあったような気がする。
ドランクールの【スルト】はシーナの【焔】を吸収する【火炎吸収】。
サルヴァンの【スフィンクス】はあらゆる魔法攻撃をその毛皮で弾く【魔法分散】。
コーラリアの【アイホート】はあの白い繭のような身体であらゆるマナを吸収する【マナ吸収】。
廃都で戦った【イグ】は城の中の俺達の動きが手に取るように分かっていた【敵探知】と言ったところか。
しかし、何故魔獣が召喚獣と同じ力を持っているのだろうか?
その答えは考えてみれば単純なのかもしれない。
「……まさか」
ソウルの身体に身の毛もよだつような震えが走る。
隣ではシーナも何かに気がついたようにソウルの顔を蒼白な顔で見つめていた。
「はい、おそらくお2人の想像の通りかと……」
そんなソウルとシーナにエヴァはコクリと頷いた。
「魔獣は、元は召喚獣です」
「……っ!?」
ま…さか……?嘘だろ……!?
「……じゃあ、どうやったら召喚獣は魔獣になっちゃうの?」
そうなると次の疑問。
どうすれば召喚獣が魔獣になってしまうのか。
「……それは、召喚術士が死んだ時です」
「じゃ、じゃあ、もし俺が死んだらガストやみんなは魔獣になるってことかよ!?」
「違うぞ。正確には、『召喚獣を展開している間に術者が死ぬ』ことだ。召喚獣とは術者にとって言わば守るべき存在。それを守れなかった代償として……使命を全うできなかった罪として獣の姿のままこの世を彷徨うこととなるのだ」
「まぁ……スピリチュアル的な話をすればそうなるけど、厳密なメカニズムはねぇ、召喚術士の力によって人の魂を獣の姿に作り替えるってことだから、逆も然りなの。獣から魂に戻る為にも術者の力が必要。でももし獣の姿のまま術者がいなくなっちゃうと獣から魂に戻ることができなくなる。だから獣の姿のまま、この世をさまよい続けるしかないの」
「言わば、魔獣とは帰る場所を失った【迷い召喚獣】と言えるのかもしれません」
じゃあ……じゃあ、これまで戦ってきた魔獣達も元は召喚獣で、もっと言えば元は人間だったということ。
予想だにしていなかった現実を突きつけられたソウルは足元からクラリと視界が歪むのを感じた。
『……必ず、召喚獣を人間に戻せ。でなければお前達は永遠に後悔することなる』
イグの最後の言葉がソウルの脳裏に蘇る。
そうか……そういうことだったんだ……!
イグも、きっと彼が仕えた召喚術士を守りきれずに死なせてしまった。結果、魔獣としてこの世を彷徨い歩くこととなった。
だから、召喚獣を人に戻せと言った。俺が道半ばで死ねば、大切なみんなが魔獣と成り果てて誰かに殺されるまでこの世を彷徨うことになるかもしれないから。
それに、サルヴァンのスフィンクスは召喚術師の弱点を知っていた。だって、元々奴も召喚獣でその弱点を熟知していたのだから。
点と点が今つながり、これまで疑問に思ってきたことの答えが明確となる。
「でも、何でそれを隠してるんだ?」
もし、それを公表していればより魔獣への理解や研究も進むのではないだろうか?何故こんな誰にも聞かれないような場所でこそこそと話さなければならないのだろう。
「それは召喚術士を守る為です」
「守る為?」
「まず魔獣を生み出す可能性がある召喚術士をよく思わない者もいる。この情報を公表すれば術者が排斥されその力が途絶えてしまうかもしれないと言うのが1つの理由です」
なるほど……確かに魔獣と戦ったソウルだから分かる。あんな強敵を生み出すその根本が召喚術士なら他の人達は術士を排除しようと動いてしまうことも頷ける。
「後は……この後の話にも繋がるのですが魔獣の力を求める者たちが現れるからです」
「魔獣の力を求める……って、もしかして操ろうとするってことか?」
魔獣の力があれば下手な騎士団以上の戦力を得ることができるだろう。最も、そんな力を操るなんてそうそうできるわけではない。
きっと変に魔獣を生み出して制御できずに野に放すことになるだろうが。
「それもありますが、過去に自身が魔獣になろうとする者もいたのです」
「自分が魔獣になる!?馬鹿じゃねぇのか!?」
獣の姿のまま永遠に世界を彷徨うことになるんだぞ!?
「えぇ、私だってそう思います。けれど、見方を変えれば魔獣になると言うことは人の及ばない絶対的な力を得ると共に、ほぼ永遠に近い寿命を得ることができる。死ぬことを恐れる貴族や研究者がそれを求めて実際に召喚術士を拉致し、自身を召喚獣に変えて殺してしまうと言う事件が数多く起こったと聞きます。だからこそ、この話は世間には公表できないのです」
なるほど、そう言う考え方もできるのか……。確かにそんな情報を世に出せば召喚術士を捕らえ、その力を我が物としようとする者が現れても仕方ないだろう。
「……でも、どうしてそこまでこの国は召喚術士を守ろうとするの?覇王を倒したのが召喚術士だったから?」
ここまでの話を聞いていたシーナがそんな疑問を投げかけた。
「はい……ここからが最も重要な話です」
エヴァが真剣な顔でソウルとシーナの顔を見比べる。
それと同時に廊下の向こうからガラガラと何かの音が聞こえてきた。
見ると、そこには台車に乗せられた檻を押すアリアの姿。そしてその檻の中には……。
「シェリー……!」
「…………」
鎖に繋がれたシェリーが檻の中でうずくまっていた。
ソウルの呼びかけにシェリーは何も答えず、ただ俯くだけだ。
「申し訳ありません。私達としても彼女の待遇についてどうしたものか……まだ答えが出ていないのです」
ソウルの心中を察してか、エヴァがそんなことを告げる。
「うむ。イーリスト国から連れ出す条件として、彼女を魔封石の檻に入れて出すなと言われている。だからそれを違えるわけにはいかない。それを破れば君の身柄もイーリスト国へと返還しなければならなくなる」
そう言うアランは厳しい顔をしていた。
「……大丈夫です」
すると、檻の中からシェリーが弱々しい声で告げる。
「私は……多くの人命を奪ってきた。騙されていたとはいえ、それは許されないことだ。このまま殺されることだって受け入れるつもりです」
「……っ」
分かっていた。分かっていて俺はシェリーを止めるために戦ったんだ。
だが、実際にこうして鎖に繋がれているシェリーを見て、罪悪感が込み上げてくる。
確かに彼女は許されない事をしてしまった。だが、それは彼女も騙されて利用されていたんだ。彼女が好き好んでやった事じゃない。
本当に罰すべき相手はきっとシェリーじゃない。
「いえ……あなたを死なせるわけにはいかないのです」
すると、ふとエヴァはそんな事を口にする。
「私達召喚術士には、果たさなければならない使命がある。ここからは私達が戦わなければならない『敵』について説明します」