聖国家シンセレス
日が傾きかけた頃、エヴァは2人に声をかけてくる。
「さぁ、見えてきましたよ皆さん」
「あ…ばばばばば……」
「…………うぷ」
しかし、ソウルとシーナはそれに応える余裕なんてない。あっちこっちに揺れまくる馬車に2人の三半規管は破壊されて立つこともままならない。
何で…何でいっつもこうなるんだよ……俺達はぁ……!?
そんな事を考えながらも、ソウルは馬車の外へと視線を移し、そして……。
「うお……」
その光景に酔いも忘れて思わず言葉を失った。
そこには天にも届きそうな巨大な白い塔がそびえ立つ。それを中心に円形の街が広がり大きな賑わいを見せている。
街に並ぶ家々は、木造やレンガ、石造など様々な様式で建てられており、どれとして同じものはない。イーリストでは全て同じような様式の家が並んでいたので新鮮だ。
そして、何よりもソウルを驚かせたのは街行く人々の姿だった。
「あっ!リュカだ!ってことは……おーい!エヴァ様ぁー!!」
「エヴァ様!!またうちの果物食べに来てくだせぇ!新鮮なやつを準備してますでさぁ!!」
人々はソウル達が乗る空飛ぶ馬車を見て手を振る。街行く人々も街の様式のように様々な種族が入り混じっていた。
人間に、獣人……羽の生えた妖精や耳の長いエルフ、角の生えた鱗を持つ奴まで……。ソウルが見たこともない種族も混じっているようで、不躾ながらもそれらを観察してしまう。
「ふふっ。彼らを……他の種族を見るのは初めてですか?」
「あ、あぁ。獣人とエルフ……人魚とかなら会ったことあるんだけど……」
「……すごい……初めて見た」
エヴァの言葉にソウルもシーナも感嘆の声を漏らす。
「それはそうでしょう。何せあのイーリスト国にいたのですから……」
「アラン、おやめなさい。彼らはそのイーリスト国出身ですよ?母国のことを悪く言われるのは嫌なものでしょう?」
「しっ、しかし……彼はその母国の悪い慣習によって殺されかけたわけですよ?」
「……」
そんな2人のやり取りを見て、ソウルは複雑な気持ちになる。
確かに、アランの言うことも分からなくはない。だって、実際にソウルは殺されかけたわけだし……。でもかと言って大切な人たちがいるイーリストのことを悪く言われるのは腹立たしく思ってしまう。
「……ねぇ。ずっと気になってたんだけど」
そんなソウルの隣でふとシーナが口を開く。
「……あなた達は確かちゅーりつ……の立場だって言ってたけど、イーリスト国がよくないっていう風に言ってる。何でちゅーりつなのにそんな言い方をするの?」
「……」
エヴァは街を見下ろしながら少し考えるような素振りを見せる。
「……あの国は、歪んでしまった。かつては我々シンセレス国と同じ志を持っていたはずなのに、彼らはそれを放棄した。そればかりか『人間至上主義』を掲げ、他の種族を排斥し始めた」
「っ。アラン!」
「しかしエヴァ様!事実でしょう!?ここで彼らに真実を隠すことこそ無責任です!ここは彼らにも我々の知る全てを打ち明けるべきだ!!」
これまでエヴァに頭の上がらなかったアランが声を荒げる。その様子を見てエヴァもグッと何かを噛み殺すような顔をした。
「……そう…ですね。確かに、彼らには知る権利があるはずです。しかし、今ではないでしょう。特にソウルさんはまだ先の戦いの傷も癒きっていない。せめて、ソウルさんの中で色々な整理が着くまで待つべきかと……」
「……」
エヴァとアランはそう言って黙り込んでしまう。
……え?ちょっと待って?これもしかして俺が何かしらの答えを出さないといけないやつ?
こんなピリピリした空気の中、ソウルはどうしたものかと頭を捻る。
確かに、今は色々な事がありすぎて混乱している。何が何なのかも分からないし、シェリーとの戦いで負った傷も消耗したマナもまだ戻りきってない。
それに、今のところ彼らに敵意はないようだし街の様子を見ていても皆活気づいている。【再起の街】の領主になって思ったが、領民が生き生きとしているということは人々がそれだけ安泰に暮らしているということ。
なら、エヴァは良い領主なのだろうし、ある程度信用を置いておいてもいいのかもしれない。
ソウルはチラリとシーナの顔を伺ってみる。
相変わらず綺麗な紅の瞳はソウルのことを真っ直ぐに映し、そっと微笑んでくれた。
「そう…だな。俺も少し休みたい。だから、ある程度整理がついたら……色々と聞かせて欲しい。何で俺を助けたのか、そしてイーリスト国のこととか……あんた達の目的とか……さ」
エヴァはソウルの言葉を聞いてコクリと頷く。
「はい、必ず……。それまではぜひ私達の国、シンセレス国でゆっくりしていってくださいね。私たちはあなた方客人を歓迎いたします」
こうしてソウルとシーナはしばらくシンセレス国の首都オアシスで厄介になることになった。