剣の稽古
自分ですら諦めてしまいそうな夢を諦めないでいてくれたシルヴァが居てくれた。
そのおかげでソウルはまだ、あの日描いた夢を諦めずに今もこうして前を向いて生きていくことができている。
懐かしい思い出。過去の記憶にぼんやりと思いを馳せる。
「...ル.......い、ソウ.......ソウル!」
「っ!」
そんなことを思っていると、ソウルを呼ぶ声が聞こえ、半分飛びかかった意識が覚醒する。
顔を上げるとそこには褐色の肌に筋肉隆々の腕を見せつけるようなタンクトップを着た30代前半の男が立っている。
若くして大工の棟梁を任せられているマックスだ。
「わ、悪い!」
マックスの呼びかけにソウルは慌てて立ち上がった。
「ったく、仕方ねえやつだな。朝早いからって寝ぼけんなよ?」
そんなソウルにマックスは呆れたように告げると、周りの仲間達に向けて声を上げる。
「おら、今日は堀の修繕だ!大体のことは土の魔法使いがやってくれるから、俺たちがやるのは最後の仕上げだからな!」
マックスは快活な声を上げながらニッと笑顔を向ける。対するソウルはあははと苦笑いで返しながら作業の様子を眺めた。
魔法が使えないソウルの仕事は、このような雑用や魔法で手が回りきらないような職人技や力仕事しかない。
他の作業員も、マナが弱く魔法が役に立たないもの、何かしらの理由で魔法が使えないものに限っている。
この街でも魔法が使えない人間はそれほど多くはいないため、いつもの見知った顔ぶれが集まっていることが多い。今日もいつものメンバーのようだった。
作業を観察していると、どうやら堀のあったであろう場所で何人かの魔法使いが魔法を行使しているのが目に映る。
恐らく、土の魔法が得意な者が集められているのだろう。手慣れたように詠唱すると、土はまるで意志を持ったようにクネクネと動き出す。
魔法で土を盛り上げながら堀の大まかな形を作る様子を見ながらソウルはため息をついた。
「やっぱ、すげぇよなぁ」
「がっはっは!相変わらずしょげてんなぁ」
そんなソウルを見てマックスは笑いながら肩を叩いてくる。痛い。
「るっせぇなぁ。生まれた時から魔法を使えないんだ。憧れたっていいだろ?」
拗ねるようにソウルは呟く。
他のオリジン・マナが弱い人間は役に立たないだけで全く魔法を扱えないという訳ではない。
一方のソウルはオリジン・マナがない。つまりは魔法なんてまがりなりにすら使ったことがないのだ。
だからソウルにとっては魔法を扱うなんてことは夢のまた夢。一体どんな感覚なんだろうといった具合なのだ。
「ったく」
そう言うとマックスはソウルに木でできた剣を投げてくる。
その手に馴染んだ木剣は吸い込まれるようにソウルの手の中へと収まった。
「だから、こうして剣の稽古してやってんだろ?ほら、あっちの作業が終わるまで、打ち込んできな!」
そしてマックスはそう言って木剣を構えた。
「...!」
ソウルも慌てて木剣を構える。
マックスも生まれつきマナが弱く、魔法がほとんど使えないそうだ。だが彼はそれでもめげることなく、男筋肉一本と、体を鍛えて皆から一目置かれる存在になった。
そして、魔法が使えないと宣告されたソウルの存在を知ってか、ある日突然孤児院へやってきて「お前にできる仕事を教えてやる!」とソウルを引きずり出してこの仕事へと連れ込んだ。
最初は誘拐か何かと思ってビビったものだ。
シルヴァは面白がって「いいぞ!もっとやれ!」とはやしたてていたっけ。
ウィルとライはソウルを救うべくマックスに掴みかかったが自慢の筋肉で花壇の柔らかい土の中に埋められていた。
ガストは涙目になりながらもマックスのズボンを引っ張っていたが、マックスはそれに気づくこともなく歩いていきそのまま振り落とされていたのをよく覚えている。
そんな無理やり引き込まれた仕事ではあったが魔法が使えないソウルにもできることがあるということをマックスに教えてもらい、生きがいを得た。
同時に、ある時騎士になりたいというソウルの思いに感極まったのか男の涙を流し、こうして剣の稽古をつけてもらえるようになったのだ。
「お、今日もやってんなぁ」
「マックス!手加減してやれよ!」
周りの作業員からも野次が飛んでくる。これもまたいつもの光景だ。
いつもの見慣れた光景にソウルはふぅと一息つく。
「いくぞ!」
まずソウルは大きく1歩踏み込み上段から剣を振る。対するマックスはそれを横に弾く。
そしてソウルは弾かれた勢いを利用して一回転、横振りの追撃を放った。
おぉ!と周りから歓声があがる。
「っと!」
しかしマックスは身をよじらせてすんでのところでかわす。
「ちっ、当たったと思ったのによ!」
しかし攻めの手を緩めるつもりはない。そのままソウルは足を踏ん張ると強烈な連打を叩き込んでいく。
もっと速くだ!
心で自分を鼓舞しながらどんどん速さを上げていく。マックスのパワーにはついていけないが、速さでならまだ張り合える!
「まだまだ甘いってんだよ!」
しかしマックスが大きく剣を弾き、強引に連打を止めに来る。弾かれたソウルは少し仰け反るような形になった。
「今度はこっちの番だなぁ!」
そしてマックスも大きく上段斬りを仕掛けてくる。
「ふっ!」
ソウルはそれを剣で受け止める。だが、そのままでは剣のガードごと吹き飛ばされそうだ。ソウルは剣の角度を変えてマックスの一撃を受け流す。
「っ!」
マックスの体がよろめいた。ソウルはそこに足をかけるとマックスは完全に体勢を崩す。
「しまっ、」
「一本!」
ソウルが自信満々に剣を振る。
よし、とった!ソウルが勝ちを確信した瞬間だった。
「なんてな」
不敵な笑みを浮かべるマックスは崩れかけた体勢のまま強引に剣を振り上げた。
バシィン!
「あぶっ!?」
下から振り上げられた刀身はアゴを直撃しソウルはあお向けに倒れる。
あぁーと遠くから作業員の残念そうな声が聞こえた。
「あぁ...やられた」
意識が薄れていく。
「次は.......」
消えゆく意識の中でソウルは言葉を振り絞る。
「次は...絶対一本とってやる」
そしてソウルはそのまま意識を手放した。