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ズルい人

 暗い病室の中。白いバンダナを巻いた少女は目の前で目を瞑る青年をそっと見守っていた。


 ドォ…ン……


 遠くの方で鳴り響く地響き。まだ死神との戦いが続いているのだろう。


 街はざわざわと騒がしく、闘技場に向けてたくさんの町民たちが戦いの熱に当てられて殺到しているのが病室の窓からも分かる。



「ソウルさん……」



 ここ数日ろくに寝ていない彼女の目の下には真っ黒いクマが刻まれていた。


 ずっと、ずっと目を覚ましてほしいと思っていたけれど、今この時だけは……この戦いが終わるまでは、目を覚さないでいて欲しいと思った。



 だって、今起きてしまえばソウルさんは……。



「……う」



 そんな彼女の思いを裏切るように、ピクリとソウルの指が動く。



「……っ、ソウルさん!?」



 バッと顔を見ると、うっすらとソウルの琥珀色の瞳が開き、オリビアの疲れ切った顔をぼんやりと映していた。



「……よぉ、オリビア」


「ソ……ウルさん……っ」



 その瞬間にオリビアの涙腺は決壊し、ボロボロと大粒の涙をこぼす。


「おは…ようございます……!よかった……無事で……無事で……!!」


「……ははっ。おはようって時間じゃなさそうだけどな」


 薄暗い病室を見渡しながら、ソウルはいつものような軽口を叩いている。



「ずっと、看病してくれてたのか?」



「は、はい」


 ソウルのその言葉に少し照れ臭さを感じながらオリビアは目を背ける。



「ありがとな……おかげで元気になれたよ」


「あ、相変わらず、ソウルさんはズルい人ですね」


 そんな優しい言葉を吐くソウルにオリビアはたまらずに赤面してしまった。


「……なぁ、オリビア」


 そして、一呼吸置いたあと、ソウルはオリビアに問いかけた。




「みんな、今戦ってるんだな?」




「っ!!」



 オリビアはギクリとした。



「俺もいかねぇと」



「ま、待ってください!」


 身体を起こして身支度を始めようとするソウルを見てオリビアはそれを必死に止めようとする。



「だ、ダメです!まだ病み上がりなんですよ!?それに……それに相手はあの死神です!!聖剣騎士団のみなさんが戦ってくれていますので、それに託しましょう!!」


 まだソウルは病み上がり。


 身体だって本調子じゃないに決まっている。



「いや、俺がやらなきゃいけねぇんだよ」



 けれど、そんなオリビアに対してソウルは宣言する。



「託されたんだ。俺の師匠に……それに、きっと俺じゃないとダメなんだ……」



 病室に立てかけられた黒剣を装備しながらソウルは告げる。



「俺じゃないと、死神を止めてやれない……そんな気がするんだ」



「そ、そうだとしても……行かないでください!!」



 オリビアは堪えきれずに涙を溢れさせながら告げた。



「もう……もう、いいじゃないですか!ソウルさんは十分戦いました!もう少しで、死ぬところだったんですよ!?それに死神の狙いはソウルさん、あなたなんです!だから……逃げましょう!?あんな強力な敵に、敵うはずなんてありません!だから……だから私と一緒に……」



 行かせたくない。行かせられない。


 今行かせてしまえばソウルは本当に死んでしまうかもしれない。


 これまでも、任務のたびにこういった不安は抱えてきたけれど。こんなに間近で死を感じさせられるのは初めてだった。


 行かないで。どうか、どうか私と一緒に……。


 けれど、オリビアの言葉にソウルは首を横に振りながら答えた。


「逃げられないよ。それに逃げたって何も変わらない。きっと死神はまた俺を探し回るだろうし、もしかしたらそのせいでまた犠牲者が出るかも知れない。だから、ここで終わらせてやらなきゃいけないんだ」


 そう、理由は分からないがシェリーの目的はソウルだ。ならば地の果てまでも彼女はソウルを追いかけてくるだろう。


 だって、かつての敵討ちのために何年もこの国を回るような相手なのだから。



「でも……でも!ダメです!!闘技場には今たくさんの人が流れて行っています!そんな所でソウルさんが戦えば……戦ってしまったらきっと……!」



 そう叫びながらオリビアはクラリと目眩がした。


 睡眠不足と、これから起こるであろう未来を想像して、その場に崩れ落ちそうになる。


 そんなオリビアをソウルはそっと受け止めた。



「……オリビア」



 そしてソウルはオリビアの手をそっと握る。


「嬉しいよ。心配してくれてるんだろ?本当に、いつもいつも迷惑かけちゃってるけどさ……」


「……っ!」


「俺はちゃんと帰ってくるから。だから、いつもみたいに待っててくれないか?」


「……うっ」


 暖かく、そして優しい手。



「ありがとう」



 そして、あの時のように明るい笑顔でソウルは告げた。


 初めて出会ったあの日に握られたのと同じその手の温もりと、その笑顔にオリビアは何も言えなくなってしまう。



「……ソウルさん。あなたは本当に、ズルい人です」



「……そうかも知れない」


 どこか困ったように笑うその姿に、またオリビアの胸が締め付けられる。



「でも、信じていいんですよね?帰ってきて、くれるんですよね?」



 それでも、オリビアは聞かずにはいられなかった。


 あなたを信じて、いいのかと。



「うん。頑張るよ」



「……ばか」



 オリビアの想いを受け止めながらも、ソウルはそっと手を離し、涙にくれる彼女を残して病室を出た。


ーーーーーーー


「…………ダメです」



 1人、取り残されたオリビアは呟く。


 もう、ソウルはここには帰ってこないだろう。


 もう、覚悟を決めた顔をしていた。



「……私は、あなたを死なせません」



 失った温もりを確かめるようにオリビアは自身の手のひらをギュッと握る。



「必ず……必ずあなたを守ってみせますから……!」



 そして、オリビアは病室を飛び出してどこかへと走り出す。



 絶対に、あなたを死なせません。


 オリビアも、覚悟を決めた。




 例え、これから先あなたに憎まれることになったとしても。

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