死神討伐戦3【罠】
「い、いてて……」
「大丈夫ですか?エドワード様」
地に転がるエドワードに手を差し出しながら執事のナハトは告げる。
「無事作戦はうまく行ったようだな」
「えぇ」
闇に飲み込まれる死神に目をやりながら2人は安堵の息を漏らした。
無事役目は果たした。後は彼女らに……この国最強の騎士団に全てを託すだけ。
「後は任せましたよ、ジャンヌ様」
ーーーーーーー
痛みはない。
ただ、冷たい闇の中をズブズブと抜けるだけ。
暗い闇を抜けると、その先には硬い地面と魔石灯で照らされた淡い光。
シェリーはスタリと着地すると、そのまま辺りを見渡す。
「……そういう事ですか」
そこはこの国最大の闘技場イーリスト闘技場だった。
かつて新人騎士の入団試験が行われたこの場所。その中心にシェリーは投げ出されていた。
転移魔法。
確か、聖剣騎士団の中にそう言った魔法に精通した騎士がいるという噂があったが、それがあの黒髪の男だったという事か。
さて、やられた。
そして、ここにわざわざ引きずり出されたと言うことは……。
「ようやく捕まえたぞ【死神】」
「……っ」
ビリビリと身を突き刺すような殺気がシェリーにぶつけられる。
そして、闘技場の奥から青いバトルドレスを身につけた金髪金眼の少女と、彼女が率いるその配下達が現れた。
「あー、ったく。何日もこうして待ってた甲斐があったもんだぜ」
グルグルと肩を回す金髪の男。釣り上がった勝ち気な目をした赤髪の女。優しそうながらもどこか覚悟を決めたかのように引き締めた顔をした女性。
間違いない。こいつらは聖剣騎士団だ。
「さぁ……ここで引導を渡してもらうぞ」
そう言って先頭に立つジャンヌは黄金に輝く聖剣を構えた。
ーーーーーーー
遡ること少し前。
「「ハミエルを囮に死神をおびき出すぅ!?」」
デュノワールとマリアンヌは口をあんぐりと開けながら叫ぶ。
「あぁ」
そんな2人に涼しい顔のままジャンヌは淡々と答えた。
「死神を討伐するのにいくつかの懸念があるわけだが……まず第一に奴がどこに潜伏しているか分からない」
「えぇ。これだけ多くの騎士達が躍起になって探しているにも関わらず、一向に見つかる気配がないほど周到に潜まれていますね」
死神は言わば騎士にとって目の敵。ジャンヌ達だけじゃない。仲間の命を奪われたという者はたくさんいる。
だから多くの騎士団が死神の討伐に向けて動いているという訳だが、一切見つかる気配がない。
「流石、元最強の傭兵を下すほどの実力者……ということですね」
「しかし、そんな奴の唯一と言ってもいい手がかりがソウルだ」
影を潜め、目標は全て撃破してきた死神が唯一失敗した目標。
しかも、これまで奴が標的としてきた者と全く違うケース。
それがソウルである。
「恐らく……いや、確実に奴はソウルを殺すためにまた動き始める」
「つまり、それさえ分かっていれば待ち伏せができるということですわね」
何故ソウルを狙うのかは分からないが、これまでとは違ったターゲットに手をかけた死神。何か特別な事情があるはず。
ならば尚更そう易々とソウルから手を引くことはないだろう。
「今ソウルはイーリスト中央病院にいる訳だが……そこで次の問題だ」
「周囲への影響……ってことか」
ソウルが負傷し動けないというチャンスを死神が逃すはずはない。
ならばソウルが寝込んでいる間に再び死神は現れる。と言うことは、このままでは中央病院が戦場になってしまう。
多くの名のある騎士を葬ってきた死神と、圧倒的力を持つ聖剣騎士団。
2つの強大な力がぶつかれば病院への被害……しいては街への被害は甚大な物となる。
かと言ってソウルの容体だって余談を許す状況ではない。移動させることなんてできないだろう。
「だからハミエル、お前の出番という訳だ」
「あぁ、そう言うことですか」
ハミエルはため息をつきながらジャンヌの意図を理解した。
「……えと?」
シーナは首を傾げながら2人を見比べる。
「つまり……あれか?ハミエルの転移魔法で死神を飛ばすって事か?」
そんなシーナを見かねてデュノワールは噛み砕いた質問をジャンヌに投げかけた。
「そうだ。転移先はイーリスト闘技場。かつてシーナ、君達が入団試験を受けたあの場所だ」
「なるほど……それなら激しい戦闘が行われようとも街への被害は最小限にとどまらせることができると言うことですか」
元々戦闘を行うために作られた施設ならば、例え聖剣の力を振り回そうとも街へ被害は出ることはないだろう。
「闘技場を破壊して、後で国王陛下にどやされるかも知れませんが……」
「何、死神さえ捕らえれば後は我々2人が頭を下げれば済むだけの話だ。大したことはない」
「……あ、僕も謝ることは決まっているんですね」
再び告げられた不幸な宣告にハミエルはさらに暗い影を落とす。
「で、でもどうやってハミエルさんを囮に?そう易々とこちらの思惑通りに動くとは思えませんですけれど……」
相手は死神だ。そう簡単な小細工では奴の目を誤魔化すことなんてできはしないだろう。
「だからハミエルさんなんですね!」
すると、一人で合点がいったようにケイラは笑顔になる。
「「…………?」」
「ハミエルは元々潜入捜査が得意なのさ」
「だから、誰かを騙くらかしたり人のマネをすることは得意中の得意ってわけだ」
仲良く首を傾げるシーナとアルにデュノワールとマリアンヌが説明してくれる。
「はぁ。またこうして僕はジャンヌ様に乱雑に使いまわされるというわけか……」
「まぁまぁ。でもそんな何でもできるハミエルさんは素敵ですよ!」
「……おだてたって何もでないよ、ケイラ」
そう言いつつも少し照れ臭そうに目を逸らすハミエルにシーナは少し笑みが漏れた。
「まぁ……確かにソウルの動きの癖とかなら完コピすることはできる。後は……」
「髪の毛をソウルサイズに切り揃えて……闇属性のマントを羽織らせて……。髪色と背格好がほとんど同じなのは助かったな」
「……か、髪を切るのか!?」
すると、ガタガタとハミエルが身を震わせる。
ここまで狼狽するハミエルを見たデュノワールとマリアンヌは顔を見合わせた。
そして、2人の悪戯心に火がつく。
「……そういやぁ、俺ハミエルが髪切ったとこ見たこたねぇや」
「……あたしもだな」
「い、嫌だ……切りたくない!僕は陰でひっそり暮らしていたいんだ……ジャンヌ様!どうか……どうか髪だけは……!!」
懇願するようにハミエルはジャンヌに進言する。そして、ジャンヌはそんな彼の肩に手を乗せて同情するように言った。
「大丈夫。何とかなる」
「ジャンヌ様ぁぁぁぁああ!?!?」
「おらぁ!やるぞデュノワール!抑えろ!」
「おぉっしゃああああ!!!」
「いっ、いやだぁぁぁぁぁぁぁあ!!!」
こうして病院内にハミエルの断末魔の悲鳴が響き渡った。
ちなみに、髪を切ったハミエルは意外とイケメンだったそうな。