シナツの過去37【エピローグ】
全てを失ったシナツは独り、とある錬金屋へとやってきた。
いつものように寂れた店に入ると、いつもと同じあの老婆が無愛想な顔でこちらを見る。
「……何だい。随分とまぁ酷い顔をしてるじゃないか」
「……知ってたのか」
シナツはスカーハの小言も聞かずにその胸ぐらを掴んだ。
「知ってたのか……!森がああなることを……!知ってててめぇは俺を……!!」
最初、森に行くように言われた時の条件。
1・やると決めたからには、最後までやり抜くこと
2・任務の間は森を出ないこと
3・決して、自分の使命を忘れないこと
今思い返してみれば、これはスカーハからの警告だったのだろう。
この得体の知れない婆さんは最初からこの惨事を予見していたのだ。
「何故……何故言わなかったぁ!?」
「……言ったところで、お前さんは聞いたのかい?」
呆れたように……いや、どこか哀れむようにスカーハは告げる。
「……ぐ」
スカーハの指摘にシナツは何も言い返せなかった。
きっと、あの時のシナツは誰が何と言っても聞かなかっただろう。だから、スカーハは最初に忠告したのだ。
だって、大切な仲間のオーウェンとイーサンの声ですら、届かなかったのだから……。
「……別に、あんたを責めるつもりはないさね。あんたはあんたが正しいと思って行動した結果なんだからね。それに何が正しいかなんて、誰にも分かりゃしないんだよ」
「……お前はちげぇだろ。お前には未来が見えてるんだろ?」
常々、昔からこの婆さんはまるで未来を見越したようなことを言う。きっと未来を予知する力でも持っているのだろう。
そんなシナツの指摘にスカーハは首を横に振る。
「それは違う。あたしゃ予知ができるんじゃない。予測ができるだけさ。それに、それも正直当てになんかならない。昔、あたしの立てた絶望の予測を全部ぶち壊したバカだっていたからね」
「どんな馬鹿野郎だよ……」
ギリリと歯を食いしばりながらシナツはスカーハの胸ぐらから手を離す。
「……なぁ、俺はこれからどうすりゃいい?」
「そんなもん、あたしに聞くんじゃないよ。あんたが決めな」
「もう……もう決められねぇよ……。何かをするのが……何かを決めるのが……怖え」
間違えてしまえばまた良くないことが起こる。そうなってしまってはもうシナツはもう……。
「……勝手にしな」
スカーハはまたいつもの定位置に座り直すとそのまま背を向けて去ろうとするシナツの背中に声をかける。
「一応言っておくが、お前が生きようが死のうがあたしにゃ関係ない。だがね、まだあんたは終わっちゃいないだろう?まだ取り返しはきくかもしれないんだ。ゆめゆめ忘れるんじゃないよ」
「……知らねぇよ」
そのままシナツは振り返ることもなくスカーハの元を去った。
ーーーーーーー
それから数日後のこと。
「よう、久しいなばーさん」
「……どこの誰かと思ったら、また悪ガキかね」
「はっはーん。さては久々にシナツの奴も顔出しに来たってことか」
声の主に苛立ちを覚えながらスカーハは手元の本から目を上げる。
「しかしひっでぇ話だねぇ。こんな老い先短い孤独な婆さんにわざわざ顔見に足運んでやってるってのによ」
そんなスカーハの態度を気にも返さずに男はケラケラと笑っている。
「誰が老い先短い婆さんだ。シナツといいあんたと言い、コンビ揃ってほんっっとうに可愛げのない奴め」
「はっはぁ。俺に可愛げがある方が気持ち悪いだろうが」
そう言って白髪の混じった髪にヒビの入った眼鏡をかけた男はスカーハの目の前の椅子に座る。
「……んで?あんたは一体何の用……」
「あぁ。ソウルと……ほんで後はウィルのことについてちょっとな」
そうしてとある孤児院の管理者はスカーハに要件を話し始めた。