シナツの過去36【死神】
シェリーの言葉にシナツは足元から崩れ去る様な感覚を覚えた。
何故……?何故こうなってしまう!?
待ってくれ、違うんだ!そうじゃない!!俺達が望んだのは、こんな結末なんかじゃない!!
「違う!復讐なんて、そんな事のためにあいつらは身を捧げたわけじゃない!それに俺は道具としてお前を育ててきた訳じゃない!!」
「黙ってください……!そんな言葉、信じられません!」
大粒の涙をこぼしながらシェリーは怨嗟に塗れた声で告げる。
彼女の怒りは……そして絶望はシナツの言葉を曇らせた。
「頼む!信じてくれ!!」
それでもなお、シナツは叫ぶ。
きっと伝わる……だって、お前は俺とエリーの愛の証。きっとお前になら俺達の思いを分かってくれ……。
「なら、どうして……どうして私のことを騙したのですか!?」
身を捩るしかないシナツにシェリーは声を荒げる。
6年前に感じた違和感と、この6年間ずっと抱えてきた疑問。
シェリーの中で全てが繋がった瞬間だった。
そうか……そういう事だったのか……。
「私は……私は、あなたの道具なんかじゃありません!」
「違うシェリー!俺はお前のことを何よりも……」
「だったら、どうして6年前に全てを教えてくれなかったのですか!?」
そしてシェリーはこの6年分の怒りをシナツにぶつけた。
「全て、本当のことを話してくれたのなら!私はそれを受け入れて生きることができた!!でも……でも、あなたは本当のことを話してくれなかった……!だからあなたのついた嘘の希望にすがって生きることしか、できなかった!!」
「そ……それは……!」
4歳の娘が抱えるには、重すぎると思ったから……それがきっと、シェリーのためだと思ったから……!
だが、そんな言葉は今の彼女にとってはただの言い訳でしかない。
そうだ……思い返せば何故俺はあの時シェリーに全てを打ち明けなかった?
本当に彼女のことを信じていたのなら、あの時に全て打ち明けていればよかったんだ。
シナツは今、ここで初めて自分の犯した人生最大の間違いに気がついた。
俺は、シェリーのことを信じると宣っておきながら。彼女の強さを信じていなかったんだ。
シナツのとってきた選択が、今、全て悪い方へと転ぶ。
もし、あの時危険を顧みずレイオスを逃さずに殺していたのなら。
もし、あの時エリーに自分の気持ちを伝えていなかったのなら。
もし、あの時シェリーの心の強さを信じて全てを打ち明けていたのなら。
もし、あの時オーウェンとイーサンの言葉を聞いていたのなら。
もし、あの時シェリーを連れて旅に出なかったのなら。
運命は、変わっていたのかもしれない。
「く…ぁぁぁあ……!!」
硬く冷たい地面に頭を押し付けながら、シナツは後悔の念に苛まれる。
だが、もう全て終わってしまった。賽は投げられた。
もう、過去には戻れない。間違えてしまったことは、もう取り返しがつかない。
全てはあの6年前のあの日に決してしまったんだ。
「……話は決まったかな?」
シェリーにかける言葉が見つからないシナツを置いて、ハスターはシェリーの下へ歩み寄り、そして……。
ドシュッ!
シェリーの胸に一本の触手を打ち込んだ。
「かはっ……」
「シェリー!?てめぇ、一体何を……」
「なぁに。封印を解くための下準備さ」
ズボォと音を立てて触手を引き抜かれたシェリーは何もなかったかのようにエリー達が封印されたクリスタルへと歩み寄る。
「さぁ、シェリー。君は復讐のために生きるんだ。彼らの憎しみを……そして、その無念を!彼らの魂を連れて歩み出せ!!【獣の召喚術士】として、今ここで生まれ変わるといい!!」
「待て……待てシェリー!!そんな事、誰も望んでねぇ!どうか……どうか頼むからその力を復讐のためなんかに使わないでくれ!!」
「……」
今のシナツの言葉など、シェリーの胸には決して届かない。
シェリーは黙ったままクリスタルに向けて手を伸ばす。
そして彼女の手がクリスタルに触れたその瞬間。
パリィン……
クリスタルはそっと砕け、中から5つの魂が解放される。
「……お久しぶりです。長老様、ルーカスおじ様、オーウェンお兄様、イーサンおじ様……お母様」
シェリーの声に導かれるように、5つの魂は彼女の身体へと吸い込まれていく。
そして、シェリーの体から溢れ出す澱んだマナ。
まるで地獄の業火のようなその禍々しいマナを見て、シナツは戦慄する。
このドス黒いマナ……まさか……まさか彼らは本当に復讐を望んでいるのか……?
「目覚めの時だ!【獣の召喚術士】!これから君は自由に生きていける!!さぁ、君の望む未来はなんだ!?」
「だ、ダメだシェリー!復讐なんかに囚われるな!!お前はお前の道を生きてくれ!!」
高らかに告げるハスターと、懇願するように叫ぶシナツ。
やがて、全てのマナをその身に取り込んだシェリーは、そっと瞳を開き、そして……。
「……私は、私の思うままに生きます」
そうだ。私の望み。
彼らの魂から伝わるこの狂おしいほどの負の感情。
それの指し示す方へと、シェリーは進む。
「この森を滅ぼした、全ての騎士を……殺す。私は奴らにとっての死神になります」
「やめろ……!やめてくれシェリー!!お前にはそんな血塗られた世界を歩んでほしくない!!」
「ふはは。今更何を言ったところで遅いよ。もう、こうなることは6年前から決まっていたのだ。さぁ、行くといいシェリー。この男から解放され、新たな人生を歩むのは、まさにこの瞬間だ!」
シェリーはシナツの方を見ようともせずに出口に向かって歩き始める。
「行くな……シェリー!!戻ってこい!!頼む……!」
「……お父様。あなたが父親として私を育ててくれたことは、感謝しています。だからあなたの命を奪おうとは思いません。後は私の事を忘れて自由になさってください」
「そんな……そんなこと……!できるか!!頼む!お前まで俺を置いていかないでくれ!!」
エリーにも先立たれ、里のみんなも失った。
今のシナツに残されたのはたった1人の娘だけ。
いやだ……行かないでくれ……!!俺が……俺が悪かった!!
何だってする。どんな償いだって、報いだって受けるから……だから!!
「……さようなら、お父様。愛していました」
お前まで、俺を残して行かないでくれ!!!
やがて、振り返ることなくシェリーはそのまま剣の間を出る。
「シェリー!!シェリィィィイ!!!!!」
その去りゆく背中に届かない手を伸ばしながらシナツは声が張り裂けるまで叫ぶ。
「はっはっは、シナツ。無様だったな」
そんなシナツを嘲笑う様にハスターは笑う。
「黙れ!てめぇが……てめぇが余計なことを……」
「おいおい。人のせいにするなよ?これは君が招いた現実なんだから」
呆れたようにハスターは手を上げる。
「君が、何も間違えなければそうはならなかったろうに……全て君の責任さ。罪の意識を抱えたまま、無様に残りの余生を謳歌するといいさ」
「クソがぁ!死ねぇっ!!」
シナツは胸のどす黒い感情とともに触手を抜け出してハスターへと斬りかかる。
ブゥンッ
しかし、ハスターは空間に黒い渦を作り出すと、そのまま虚空へと消え去ってしまった。
「な……!?」
シナツの怒りの斬撃は虚しく虚空を斬り、勢いのまま地を転がった。
『さぁ……残念だったな』
残業の様に響くハスターの声。
「黙れ!!せめて……せめて戦いやがれ!!」
『ふはは。我は無駄なことはしない主義。君との戦いなんて無駄だからねぇ』
卑怯者が……!姿も見せず、手を下さず。ただ人の弱みに漬け込んで人を利用しやがって……!!
「出てこい!!殺してやる……殺してやる!!!」
虚しい怒りの声も、ハスターにとっては美しい旋律の様。
その嘆きを楽しむ様にハスターは語る。
『ふっ。そのまま残り少ない人生を後悔の荒波の中で生きていくがいい!!ふはっ、ふはははははははははははははははははははははははは!!』
「くそ……クソぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」
やり場のない怒りと悲しみを込めてシナツは叫んだ。喉が張り裂けるまで。いや、張り裂けてもなお。
シナツの無力な叫び声はただただ焼け落ちたエルフの里に響くだけだった。




