シナツの過去33【焼けた森】
「起きろ!起きろシェリー!!!」
「な、何です……?お父様」
まだ眠りについたばかりのシェリーをシナツは叩き起こした。
「……今から、森に向かう」
「……え?でもそれは明日なのでは?」
「詳しいことは移動しながら教える!だから……だから行くぞ!!」
「……?は、はい」
眠気眼で支度をするシェリーを急かしながらシナツも準備を進める。
その中でシナツはシェリーに宿屋の主人から聞いた話を伝えた。
それを聞いたシェリーは愕然としながら顔色を悪くしてしまう。
そんな彼女を何とか準備させて、2人はシナツの飛行魔法で夜の空へと飛び出した。
「頼む……どうか……!」
「お母様……みんな……」
主人を疑うわけじゃないが、やはりどうしても信じられなかった。酒場や宿屋の噂話なんて所詮噂。
その中には真実もあれば誰かが吹いたホラ話だって転がっているのはザラな事。
それに、そんな残虐非道なことを、まさか騎士が行うはずがない!
しかも、禁じられた森にはエルフだけじゃない。他の妖精の種族だって暮らしている。それを焼き払うという事はすなわちその妖精の一族もろとも消し去るという事。
そう、普通ならありえない。だが、イビル騎士団を率いるのはあの男、レイオスだ。
それだけでその話をホラ話だと聞き流す事はできなくなる。
やがて、丘が見えて来た。あれの向こうに禁じられた森が広がっている。
頼む……嘘であってくれ!どこかの馬鹿が流したくだらねぇ与太話だと、笑わせてくれ!
懇願するようにシナツは身体にマナを込め、一気に加速し、丘を飛び越えた。
「……………………………………………………な」
「……………………………………………………え」
シナツとシェリーは共に言葉を失った。
鼻につくのは焼き焦げた木々の匂い。
森だったものは木々の瓦礫の山となり、緑一色だった森は真っ黒い炭に染められている。
森が……消えていた。
「う……そだ……」
シナツの時が止まる。心臓がバクバクと音を立ててシナツの身体を殴るように鼓動した。
なんで……?何があって……?
様々な疑問や義憤が湧き上がっては消える。そして、それらの感情はやがて1つの問いへと集約される。
ユグドラシルは……エルフの里は、どうなった?
「……っ!里に向かうぞシェリー!」
「み、みんな……そんな……そんな……」
放心したままのシェリーを抱えてシナツは再び空を飛ぶ。
ユグドラシルに向けて、真っ直ぐに。
6年の月日が経とうと関係ない。身体が覚えている!この森の空を何度飛んだと思う!?
眼下では真っ暗に焼き落ちた木々がそのままとなって放置されている。
中には魔法の攻撃で地形が変形している場所まであった。
山火事の類じゃない、明らかな攻撃の後。この森がイビル騎士団の攻撃を受けたのは確実だ。
だが、エルフのみんなだって負けてはいない。例えレイオスがいたとしても里の皆が強くなり、抗えるほどに強くなっているはず。
そう易々とあいつらが殺されるはずはないはずだ!
そんな思いを抱えて夜空を突き進んでいくと、そこに……。
「……っ!」
巨大な木の影。
間違いない。ユグドラシルだ。
よかった……ユグドラシルは無事……。
「……違う」
だが、シナツの希望は無惨にも打ち砕かれる。
そこにあったのは……。
真っ黒に燃え落ちたユグドラシルの残骸だった。
この森を支えた大樹はその強さゆえ、焼き払われた後も倒れることなくそこに立ち続けていただけだった。
「……ユグドラシルが」
シナツは言葉を失い、ただその光景を眺めることしかでき無かった。
そんな……?何故こんなことに……?
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁあああ!!お母様ぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!!」
シェリーの悲鳴が聞こえる。
だが、シナツもそれに応えてやることができなかった。
そのあまりに凄惨たる光景に、ただ呆然とすることしか……できなかった。