シナツの過去30【永遠の愛】
訪れた運命の日。
「ねぇ……お母様。どうして会えなくなっちゃうの……?」
目にたっぷりの涙を溜めたシェリーが震える声で告げる。
「……説明しただろ?これからエリーは病気を治すために、ここにいなきゃいけないんだ。だから……な」
そんなシェリーの痛ましい姿に心を苦しめながら彼女を諭す。
周囲にはルーカスやエルフの長老。そして、オーウェンやイーサンを始めとしたエリーと親交のあったエルフ達の姿もあった。
ここは【覇王の剣】が納められた空間の前。
ここが1番エルフの里で安全かつ静かな場所。エリーの魂を封印するのにうってつけの場所だった。
「シェリー……大丈夫です。あなたが大きくなる頃には、私はいつでもあなたのそばに居ることができるようになっていますから……だから、少しの間だけ……待っていてくださいね?」
「うん。私、ずっといい子で待ってるから……。だから絶対絶対、元気でいてね?約束だよ?」
そう言って2人は最後の抱擁を交わす。
その光景にシナツはまた目尻が熱くなるのを感じた。
ーーーーーーー
【覇王の剣】の間へはエリー、シナツ、ルーカス、長老、オーウェン、イーサンの6人で入る。
そこに備えられていたのは蒼い光を放つクリスタルと、クリスタルと同じ光を放つ透き通った短剣。
この短剣でエリーごとクリスタルを貫くことで、エリーの魂はこのクリスタルの中へと流し込まれる。
その為の……最後の儀式。
「……やっぱり、俺は納得いかないです!シナツ殿!!」
儀式の準備をしていると、突然オーウェンが声をはり上げた。
「やはり……シェリーちゃんも知るべきです!こんな……こんな残酷な事はないでしょう!?自分の母が自分のためにここで命を落とすというのに、それを知らされずに6年も旅に出るだなんて!!」
「ワシもじゃシナツ!おかしいじゃろう!?あの子は信じておるのだぞ!?母のことも、そして父であるお主の言葉も!!お主はそれすらも裏切ろうとしとるんじゃ!!シェリーちゃんにとって、それがどれほど残酷か……やはり今からでも考え直さんかい!!」
オーウェンに引っ張られるようにイーサンも叫ぶ。
だが、シナツはそれに応えることはない。エリーも同様クマの刻まれた目で真っ直ぐに黙ってシナツを見つめている。
「なぁ、ルーカス!長老!?やっぱりやめさせるべきじゃ!!こんな事、本当にシェリーちゃんの為になると、本気で思っとるんか!?」
「……2人が決めた事だ。僕らに口出しする権利はない」
「くっ……。やっぱりイーサン、ここは俺達で2人を……」
「邪魔はさせない……!」
それぞれの武器を構えようとする2人にルーカスは立ちはだかる。
一対の双剣を構え、ギラリとその眼光を光らせた。
「何で……何であなたが邪魔をするんですか!?誰よりもあの2人を……そしてシェリーを可愛がっているあなたが!?」
本当にあの家族のことを大事に思っているはずのこの男が、何故ここでオーウェンとイーサンに立ちはだかるのか、2人には理解できなかった。
「……結果なんて、誰にも分からない。2人はシェリーのために文字通りその命をかけて残せるものを残すと……決めたんだ。限られた命の中で、できることを……!その覚悟は当事者である2人にしか分からないだろう!?だったら、私はあの2人の意志を尊重したい。あの2人の決断が、シェリーの未来につながると、信じたいんだ!」
「「……っ!」」
娘の成長を見届けることができないエリーと、愛する者の命をその手で奪い娘に残すシナツ。
その想いと覚悟はそこの立場にいない者からは想像もできないだろう。
だからこそ、ルーカスは止めることができなかった。
2人の想いを踏みにじることが、できなかったのだ。
「ダメです……!やめて下さい!シナツ殿!シナツ殿おおおおおおおおおお!!!」
「……なぁ、エリー」
「……はい、何ですか?シナツ様」
そんなルーカス達のやり取りが気にもならないほど、シナツはエリーのことを見つめることに心奪われていた。
最後。
これが、彼女の姿を見る最後。
見れば見るほど、エリーは美しく愛おしい。彼女をこの手で抱きしめられなくなることが辛い。
彼女を失うことが怖い。彼女のいない世界で生きていける気がしない。
短剣を掴むその手がカタカタと震える。
それでもなお、伝えるために口を開く。これが、最後なのだから。ここで伝えなければ、もう2度と彼女と言葉を交わす事はできないのだから。
「……俺は、お前と出会えてよかった」
「私もです。シナツ様のおかげで私は役目を果たすことができました。それだけじゃありません。あなたと出会えて本当に幸せでした。あなたと過ごす6年の日々が、あなたと交わす言葉と心が、私の心を明るく照らしてくれました」
エリーは涙を流しながら、それでもなお美しく、そして儚く笑う。
「永遠に、誓います。例えこの私の魂が醜く変わり果てたとしても、私が愛する方はシナツ様だけだと。例え人の心を無くしたとしても、私の心にはあなたが光り輝き続けると。ありがとうございます。私の最後の願いを聞いてくれて……私のことを愛してくれて……ありがとうございます」
そう告げたエリーはその身をクリスタルに預ける。
そして、深く息を吸うと……。
覚悟を決めたように、シナツの顔を見た。
「ーーーーーーーーーっ!!」
「ーーーーーーーーーっ!?」
遠くから、オーウェンやイーサンが何か叫ぶ声が聞こえる気がする。
だが、その言葉はシナツの耳には届かない。
優しく、エリーの身体を抱きしめ耳元で囁く。
「……愛してる。例えお前が醜い獣に成り果てようとも、この世界で俺が愛する女はお前だけだ。永遠の愛を……ここに誓う……!」
「……はい。私もです。シナツ様」
………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………トン。
短剣がエリーの胸に吸い込まれるように刺さる。
それは易々とエリーの身体を貫き、エリーの背のクリスタルまで達する。
シナツはエリーの身体を力強く抱きしめる。エリーもそっとシナツの背に手を回し、ギュッと抱きしめ返した。
互いにその温もりを永遠に魂に刻むように。
やがてエリーの身体は淡い光に包まれ、ボウッと消えていく。
「エリー……」
「……っ」
エリーは笑顔のまま光と共に溶けて行き、そして……。
「愛しています。あなた」
「エリー……!エリィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィ!!!!!」
最後の愛の言葉と共に、シナツの手からすり抜けるように消えていった。