シナツの過去28【葛藤】
「取り敢えず、それと同時並行で呪いの進行を遅らせる薬も作っておいてやる。だが、あまり期待するんじゃないよ?あの覇王が練り上げた特製の呪い。あたしにだってそう易々と破れるもんじゃないからね」と、店を去るときにスカーハはそう言った。
シナツはただ、心を殺してスカーハから渡された革鞄……【収納鞄】とかいう魔法道具を担いでユグドラシルへと帰還し、エリーとルーカスにその事を話した。
「……」
やはり、ルーカスは険しい表情をしている。当然だ。愛する妹を殺して封印するなんて決断、そう易々とできるものではないだろう。
「……その、封印をすれば私は6年先まで魂を残すことができるのですね?」
「……あぁ。少なくともスカーハの婆さんはそう言ってたよ」
「そう……ですか」
そう言ってエリーはふっと微笑み、そして。
「では、私を封印してください」
「っ!」
「……」
やはり、そう言うだろう。
分かっていた。それが彼女の願いなのだから。
だが、彼女を取り囲む2人の男はそう簡単に首を縦に振ることはできなかった。
「……だが、確実じゃねぇんだ。もしかしたら別の方法だって……」
「でも、今できうる方法はこれなのでしょう?なら私はその道を選びます」
静かな決意に満ちたその目は、きっとシナツとルーカスが何を言っても揺るがないのだろう。
そのことはルーカスが、そしてシナツが1番分かっていた。
「……いいのかい?きっと、君は6年の間苦しむことになる。それに、きっと成長したシェリーの姿だって見れても一瞬だろう。それでも君はその道を選ぶのかい?」
「はい。一瞬だけでも構わないです。あの子が立派に成長した姿を見られるのなら……そしてこの魂があの子と共にあるというのなら……私は今ここで死んでもいいです」
「……そうか」
もう、エリーは覚悟を決めていた。
【短命の呪い】か発動したその瞬間から。その命を捧げる覚悟はできている。
あの子のために……そして遠い昔のセイリア様が残してくれたこの未来を守るための礎となるために私は生きてきた。
きっと、これが最後の使命。そのために死ねるのなら、それは本望だ。
「……分かった。エリーがそう言うのなら、僕はもう何も言わないさ」
「……っ!?」
静かに頷くルーカスにシナツは言葉を失った。
「……ありがとう、お兄様。今まで、本当にありがとうございました。私はお兄様の妹として生を受けたこと……この上なく幸せでした」
待てよ……。
「……うん。僕もだよ、エリー。君が妹として生まれてきてくれたその瞬間から僕の人生は華やかになった。君は最高の妹だ」
待ってくれよ……!?
「なん……で……受け入れられるんだよ……」
蒼白になりながらシナツは2人のやり取りを見ることしかできない。
何で、自分の命を捨てる覚悟が。大事な家族の命を消す覚悟がそう簡単にできる……?
「や……やっぱり、俺には無理だ……。別の……別の方法を考えよう!?エリーがいなくなるなんて……俺には……俺には……っ!」
絶望。
エリーが……死ぬ。
そんな現実を、シナツは受け止められない。
分かっていたはずの運命なのに、やはりいざその瞬間になると決意が揺らいでしまう。
「……あなた」
そんなシナツを見て、エリーは一筋の涙を流しながらシナツの手を握る。
「嬉しいです……あなたが、そう言ってくれて。それだけで私があなたの妻となったことは間違いじゃなかったと、確信を持って言えます」
シナツの想いがエリーに伝わる。
あぁ、きっとこの人は心の底から私のことを愛してくれているのだろう。だから、こうして私がいなくなることを悲しんでくれているのだろう。
「……だから。残酷かもしれないですけれど、私の最後の記憶は……あなたがいい。この世の誰よりも愛しているシナツ様が」
エリーが握る手に力が籠る。
その温もりを確かめるようにシナツはエリーの手を握り返した。
「だから……私を封印するのは、シナツ様にお願いできないでしょうか?」
「……っ!!」
残酷だと言う事は、分かっている。
だけれど、それでも。この身が失われるその最後の瞬間は、あなたを感じていたい。
あなたの腕の中で、最後の時を迎えたい。
だから……だから、どうか……。
「……ぐ」
シナツの瞳からはもう、これでもかと言うほどの涙が溢れる。
愛しいエリーの最後の願い。叶えてやりたいという想いと、彼女を失う恐怖心が同時にシナツの心に襲いかかり、葛藤した。
そんな目で……言うんじゃねぇよ。愛してるという言葉と共に言うんじゃねぇよ!
そう言われてしまえば……言われてしまったのなら……!
「…………………………あぁ」
断ることなんざ……できねぇじゃねぇか。