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シナツの過去24【来るべき時】

「おい!エリーは……エリーは!?」


「……」


 家に駆けつけたルーカスにシナツは荒げた声をぶつける。


 床に伏せる彼女の横でルーカスは神妙な顔をして言った。


「……来るべき時が、来てしまった」


「それって……まさか」


 シナツの頭から血の気が引いていくのが分かる。背中が凍りつくような悪寒に襲われ、ただドッドッドッと、自身の心臓の音だけがやけにうるさく聞こえた。



「【短命の呪い】だ。エリーの身体をドス黒いマナが巡ってこの子の身体を内側から破壊している」



「おい……待てよ……おい!?」



 足元が崩れ落ちるような錯覚を起こしながらシナツはルーカスの胸ぐらを掴む。


「【短命の呪い】が発動するのは10年後だろ!?まだ4年……いや、5年だぞ!?」


「あぁ。でもそれは最長でだ。エリーは僕らの家系の中でも呪いへの耐性が弱かったらしい」


「そんな……」


 いつか来ると、覚悟はしていた。


 だが……こんな突然に……?まだ……まだ一緒にいれると思っていた。


 2人でシェリーを育てていく日々が、まだ続くのだと。まだ、今の生活を楽しむ時間は残されているのだと。


 耐性が弱い……?何で?何だってエリーに限って!?


 ギリリと食いしばる歯。握られる拳はぶつける当てもなく、ドロドロとした苦い感情はただただシナツの中でぐるぐると巡るだけだ。


「……あなた。お兄様」


「エリー!」


「大丈夫かい?」


 すると、目を瞑っていたエリーがそっと瞳を開く。


 その目元は酷いクマと、額にはびっしりと脂汗が滲んでいた。


「とうとう……この時が来てしまったのですね」


「「……っ」」


 エリーの言葉にシナツとルーカスは返す言葉が見つからない。


「ふふっ。2人してみっともありませんね……。いいんです、いずれこうなることは決まっていたのです。それが思ったよりも早かっただけ。それよりも、シナツ様は大丈夫なのですか?」


「……あぁ。俺は何ともねぇよ」


「……よかった」


 この期に及んで、何でお前は人の心配ができる……?


 縋り泣きたい気持ちを抑えながらシナツはエリーの顔を見つめ返す。


 そう微笑むエリーの姿は、とても儚かった。


ーーーーーーー


 ルーカスはシェリーを連れて彼の家へと帰っていった。


 2人きりになれるように、気を遣ってくれたのだろう。


 ベッドに横たわるエリーの髪をそっと撫でながらシナツはその顔を見つめる。


 俺の、せいだ。


 エリーと結ばれてしまったから……もしあの日あの時俺が自分の気持ちを抑えていたのなら、エリーは今こうして病床にふけっていなかったかもしれない。


 それでもいい、と思って俺は想いを伝えた。けれど現実は残酷で、決して感動的になんかにはなってくれなかった。


 心のどこかで期待していたのかもしれない。何か奇跡が起こるんじゃないか、とか。俺達の思いが呪いを超えてくれるんじゃないか……と。


 ただ、現実は弱る彼女を見つめることしか……無力なシナツにはできなかった。


「……ダメですよ、あなた」


 そんなシナツの顔を見てエリーは弱々しく笑う。


「……何がだよ」


「今……自分のことを責めているでしょう?私と交わらなければ、私がこうなっていなかった……と」


「……何で分かる」


 心が見透かされたようでシナツは居心地の悪さを感じる。


「だって……私はあなたの妻なのですよ?あなたの事は、何だってお見通しです」


「……」


 そうだったな……いつだってお前は俺の事を分かってくれた。


「あなたのせいじゃありません。私が選んだ道なのです。だから……自分を責めないでください」


「……無理に決まってんだろそんなこと」


 やがて、シナツは堪えていた涙をボロボロとこぼしながら告げる。


「そりゃ……覚悟してたさ。いつかこの日が来るって事は。でもよ……だけどよ……!もっと先のことだと思ってた。まだ、現実味を持って考えてなかった!それに、いくら準備をしてたからって、お前が死んでいく姿を見ているだなんて、到底受け入れられるもんじゃねえよ……」


 1番大切で、愛しい人が目の前で死んでいく。それを見ていることしかできないことがこれほど辛いなんて。


 想像もできなかった苦悩に、シナツはただ心を病むことしかできない。


「……ふふ」


「何笑ってんだ、バカ」


「いえ……こんな時なのに、どこか嬉しくて。あなたが私の事で心を痛めてくれるということが嬉しい」


 その言葉を皮切りに、エリーの表情が崩れる。眉間に皺がより、瞳からは大粒の涙が止めどなく溢れた。


「……ごめんなさい、あなた。私……決して泣き言を言うつもりは無かったのです。だけど……やっぱり私はあなたが……シェリーが……兄様が……!みんなが愛しいのです……。ここで1人孤独に死ぬなんて……耐えられません……!」


「エリー……!」


 シナツはたまらずエリーを抱きしめていた。


 これまで、自身の運命を受け入れてどこか諦めにも似た感情を持っていたエリーがそれに抗う。


 嘆くことしかできないと、分かっていても。そうだとしてもやはり受け入れられない。


 シナツと出会い、愛を育み。その結晶であるシェリーも生まれた。


 こんな所で、死にたくなんかない。シナツとずっと共にいたい。ずっとシェリーの成長をこの目で見守っていたい。


 そんな特別な想いじゃない。誰もが思い描く普通の夢と、それを無情に砕く理不尽にかけられた【呪い】。


 何か、できることはないのか?


 エリーをただこのまま死なせるなんてこと、シナツにはできない。


「……だからあなた。1つ願いがあるのです」


 すると、腕の中でエリーがおもむろに口を開く。


「……何だ?」


 シナツはエリーの顔を見つめ直しながら問いかける。


 その瞳は弱々しくも、目の奥に強い意志を感じさせるような、印象的な目をしていた。





「……私をシェリーの召喚獣の人柱にしてください」

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