アイリスの過去
ヴェルグンド・アイリスはヴェルグンド家の次女として生を受け、そして生涯孤独と劣等感を抱いて生きてきた。
理由は、父と奴隷との間に生まれた姉の存在だった。
ヴェルグンド家は遠い昔、有力な貴族として名を馳せた一族。
しかし、時代と共に落ちぶれていき、今ではその力は無に等しい。
そして父は人一倍名誉に飢えた男だった。
そんな父にとって今の状況は耐え難かったのだろう。【ジャガーノート】と呼ばれる人の形をした化け物との間に子をなし、そいつを自身の子として出世させて名誉を取り戻したかったのだ。
アイリスの実の母は早くに病死した。それからと言うもの、父は常に姉の稽古に明け暮れていた。
私は、父に認めてもらいたかった。その一心で剣を振るった。
だが、現実は残酷だった。
決して届かない種族の違い。何度も姉に挑戦し、一度も勝つことはおろか傷を与えることもできなかった。
あの姉さえいなければ。いつもそう思っていた。
だから尚更一層剣を振った。父の幻想を壊すために、父にとって本当に必要なのは姉じゃない。私だと、父に証明するために。
それでも種族の壁は厚く、幾度となく試合をしたけれど一度だって敵わなかった。
そして運命のあの日がやってきた。
屋敷が民からの暴動で火を放たれたのだ。
「父さん!父さん!!」
アイリスは炎に包まれた屋敷を駆け回った。父は……父は無事なのだろうか。
息も絶え絶えに走り続けて、ついに父の部屋で父を見つけた。
「父さん!」
よかった、無事だったとアイリスが声をかけた瞬間だった。
ザシュッ
姉の怒号と共に父の首が宙を舞った。
「え……」
アイリスは膝をつく。
一瞬の出来事のはずなのに、その光景はとてもゆっくりとアイリスの心に焼き付けられる。
「いや……いやぁぁぁぁぁぁあ!!!!!」
耳をつんざく叫び声と自分の中て何かが壊れ去っていく音をアイリスは確かに聞いた。
姉はそのまま振り返ることもなく、窓から飛び出して姿を消した。
ーーーーーーー
放心状態のアイリス視線は転がる父の死体に釘づけだった。
どうして……どうして……!?
「アイ……リス……」
放心状態だったアイリスは確かに父の声を聞いた。見上げるとそこには死んだはずの父が立ち上がっていた。
「父さん……」
アイリスは虚ろな目で父を見つめる。
「シーナを、殺すんだ」
父は震える声でそう告げた。
「私が、姉さんを……?」
「私は、化け物を生んでしまった。その役目を果たせるのはアイリス、お前しかいない」
そして父は優しい眼をアイリスに向ける。
「私…しか……」
その時、確かにアイリスは自分に今まで感じたことの無い充足感を感じた。父が、初めて私を認めたのだと。
「……分かりました」
アイリスはふらりと立ち上がる。
「私が、姉さんを殺す。必ず……必ずです!!」
そう言って父と抱擁を交わした。
アイリスが初めて自分に生きる意味を見出した瞬間だった。
ーーーーーーー
「う、うわぁぁあ!?」
屋敷で当主を探し回っていた男は絶叫した。
1人の少女が首無しの死体と抱擁を交わしていたのだ。
そしてその少女の右手には黒い歪な剣が握られ、ドス黒い不気味な輝きを放っていた。