シナツの過去17【最初の選択】
音さえも置き去りにする音速の一撃。
死神を討ち払ったシナツはそのまま唖然とするレイオスに向けて突撃する。
「【風迅】!」
「ちぃ!?」
レイオスは堪らず黒い腕、【デス・ハンド】の魔法でシナツを撃ち落とそうとするが今のシナツにはそんなもの止まって見える。
黒い手の隙間を縫ってレイオスへと肉薄。
捉えた。
確実に射程に入り、そして……。
ザンッ!
レイオスの身体を真っ二つに斬り捨てると同時にレイオスが握る黒剣、【覇王の剣】を奪い返した。
「……っ?」
その刹那。
シナツは違和感を感じた。
何度も使った必殺技。その感触がまるで違うのだ。人であって人でないような……そんな違和感。
「……ふはは」
それを裏付けるかのように、シナツの背後からねっとりと心に絡みついてくるような声がかけられる。
「やはり、最強の傭兵……このまま戦い続けるのは愚策か……」
「なっ!?」
見ると、斬られたレイオスの断面から黒い触手のような影がドロリと溢れ出し、泣き別れたレイオスの身体を修復していく。
「お前……一体何なんだ!?」
得体の知れないレイオスにシナツはまた警戒を強める。
こいつ、人間じゃない?何の種族だ?妖精…竜人……。いや、そのどれでもないだろう。
様々な種族を見てきたが、そのどれもこんな能力を持った奴などいない。
「さぁてね。いつか、また戦う時があれば教えてやるさ」
勿体ぶるように笑いながら、レイオスはグチャリという音と共に元の身体へと戻った。
「シナツよ。今回はここで手打ちといかないか?」
そして、両手を上げてそんなことを告げる。
「手打ちだと?」
「あぁ。此度は一旦素直に手を引こう。このまま戦いを続けたところで互いに得はない。ならばここで停戦としよう」
「ざけんな。そんなもん誰が信じるかよ」
ただでさえ姑息で信用ならない男。そんな男の提案する停戦など罠の匂いがプンプンする。
「ふっ、だがこのまま戦えば……巻き添いは免れないぞ?」
そう言ってレイオスはギラリとエリーを睨む。
「……っ」
命を簡単に奪うレイオスの魔法。そんなレイオスが全力で戦えば周りの者も多数巻き込まれるだろう。
そう、近くにいるエリーをも。
「私とて、【獣の召喚術士】の力を求めてここに来た。それは揺るがぬ事実。ならばここで貴様と決着をつけることは望むところでは無いのだよ」
そう言ってレイオスはシナツの次の言葉を待った。
「……」
確かに、奴の言うことは分かる気がする。
こちらとしても得体の知れないこの男とこのまま戦い続けることのリスクが高い。それに、何より俺はエリーを守る。その為に戦ってエリーを巻き込むなんて、そんなもの本末転倒だ。
「ダメです、シナツ様!」
そんなシナツにエリーが呼びかける。
「その男は、危険です!ここで倒してしまわねば……私の事なら大丈夫です!!」
「……」
シナツは迷う。
エリーの言うことも分かる。確かにこの男は危険だ。
だが、エリーを守るのならばここで戦いを続けるのは愚策。必ず彼女を守り切れるという保証はない。
だが、何故こうもあっさりと引く気になったのか。やはりまだ何かの策をこうじているのではないか?
「確かに【覇王の剣】と【獣の召喚術士】から手を引くのは痛い。だが、最強の傭兵である貴様とここで戦ったところで勝てる気がせん。せいぜいそこの娘を道連れにするぐらいが関の山だ。ならばここは諦め、別の……【龍の召喚術士】の方に行くことにする。それでどうだ?」
レイオスから示された具体的な言葉。
確かに、理にかなってはいるように見えるな。
「……行けよ。今回はここでやめだ」
「シナツ様……!」
やはり、エリーを危険には晒せない。ここで戦えば命に変えてでもエリーを殺しにかかってくるだろう。
真っ二つに斬られても蘇るような未知の敵相手にそんなリスクなど犯せない。
ここは素直に身を引くのが賢明。仮にまた攻めてくるようなことがあろうと、俺がまた蹴散らす。
こいつを殺すのは、次攻めてきた時。エリーが側にいない時だ。
「交渉成立……ふっふっふ」
どこか不敵な笑みを浮かべながらレイオスは闇の中へと姿を消していった。